
永久に・・・ 【6】
暖かな日差しと、求めてやまなかったリリーのぬくもり。
ゆっくりと頭を撫でる手がとても心地よくて、ウルリッヒは夢魔の誘いに抗えなくなる。
意識がゆっくりと真っ白な羽で包まれたような幸せな世界に沈み込んでいく。
長い睫毛が時々震え、安らかな寝息がつむがれる。
眠っている時のウルリッヒは、いつもの凛とした雰囲気が抜けて、とても無防備だ。
久々に見るウルリッヒの穏やかな寝顔に、リリーの顔がほころぶ。
リリーはそっと頭を撫でていた手を止めると、ウルリッヒの背に流れる長い髪に手を伸ばした。
いつも見るたびに触りたい衝動に駆られた金色の髪。
ただ一人、リリーだけが触れることを許された黄金の輝き。
リリーは昔のようにそれに触れる。
あの頃よりもうんと伸びた髪は、すっかり痛んでしまっている。
”他の人に髪を切らせたりしちゃ、嫌ですよ?”
昔口にした他愛のない願い。
自分から側を離れたのだから、そんなものは別に反故にしても構わないのに、この髪はきっと昔自分が触れたのと同じものなのだろう。
リリーはその髪にそっと唇を寄せる。
「切ってくれる者がいなくなったから、あれ以来伸び放題だ」
リリーはいきなり話し掛けられて、まるでいたずらを見つけられた子供のように、びくりと身を竦ませる。
「寝てたんじゃなかったんですか?」
「お前が止めるから、目が覚めた」
どうやら頭を撫でる行為のことを言っているらしい。
ウルリッヒは半身を起こすと、髪の毛をうるさそうにかき上げる。
「おかげで煩わしくてかなわない」
今度は髪の事らしい。
「お前の所為だ」
目が覚めたのも、髪が煩わしいのも・・・。
ウルリッヒの真っ直ぐに自分を見据える視線に、リリーは少し戸惑う。
今までウルリッヒがこういった自分勝手な物言いをする事はなかったからだ。
それでもでも不思議と嫌な気はしなかった。
最初の戸惑いが晴れてしまえば、むしろうれしい位かもしれない。
真実我ががままではない人間などいない。我がままではないと思われている人間は、それを単にうまく自分の中で押さえつけているだけだ。
ウルリッヒも我がままともいえないような他愛もない願いを口にする事はあったが、本当に我がままを口にする事はなかった。
いつでもひとつ上の立場でリリーの事を一番に考えてくれていた。
―――守る者と守られる者。
それでうまくいく関係もあるだろうが、リリーはずっと同じ位置に立ちたかった。
でもあの頃それはかなわなかった。
だが短く長い別れを経て、ようやく今それがかなったのかもしれない。
「ウルリッヒ様、なんだか我がままになりましたね?」
「そうだな。我がままになったのかもしれない」
リリーが微笑みながら小首を傾げると、ウルリッヒは目を伏せる。
「昔はこのような事を口にするのは、無様な事だと思っていた。だがそうして得られたものは、愛する者を失う事だけだった。・・・だからもう止めにしたのだ。たとえ無様でも愛する者を失うよりはよほどいい」
恥じるようにそう告げるウルリッヒに、リリーは仕方ないなぁとため息を漏らす。
王室騎士隊の副隊長にして、容姿端麗、教養、礼儀作法にも問題なしの完璧な人。
それなのにこの人は時々驚くほど簡単な事を知らなかったりする。
「ウルリッヒ様。我がままを言うことは無様な事なんかじゃないんですよ?好きな人の我がままなら、それさえも愛しく思えるから。逆に言われない方が寂しいです。だから私の前では我がまま、言ってください。ね?」
「そんなものだろうか?」
不思議そうな顔をしているウルリッヒに、そんなものです!とリリーはコクコクと頷く。
「ならば・・・聞いてほしい」
ウルリッヒは手を伸ばすとリリーの頬に触れる。
「私のすべてはお前に起因する。
お前がいなければ、私の中では何も始まらない。
お前が側にいなければ、たとえ胸は鼓動を刻み呼吸をしていても、屍と何ら変わらない。
だからお前がひと所に、私の側に留まる事ができないのならば、私がお前についていく。
たとえついて来るなと言われても、二度とお前から離れるつもりはない。
私はそう決めた」
私の我がままを聞いてくれるだろうか?とウルリッヒはリリーを見つめる。
「それじゃあ、あたしの我がままも聞いてもらえますか?」
無言で先を促すウルリッヒの手の上に、リリーは自らの手を重ねる。
「あたしの側に・・・ずっと側にいるって、誓ってくれますか?」
リリーが少し恥ずかしそうに告げると、ウルリッヒ伏せられた目元から涙が一筋流れた。
「ああ、誓おう。・・・一生お前の側に・・・」
そして二人は誓いの口付けを交わす。
その神聖な儀式を、午後の穏やかな日差しだけがそっと見守っていた。

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