永久に・・・ 【2】


「戦死・・・そんな・・・」
(ウルリッヒ様はこの国で最強の戦士だったのに。それなのになぜ・・・)
強いからといって必ず生き残れるわけではない。現に前隊長も戦死しているのだ。
戦というものは当人の力量よりも、運に支配されるところが大きい。
たとえ百戦錬磨の将といえどもマグネフラムの投下地点にいれば助からないし、たとえ剣の使い方もままならない新兵でも、その爆発地点から離れていれば助かるのである。
それが戦というもの。そう、知識では知っていても、それを心が受け入れるかは別である。
「どうして・・・」
リリーの瞳からはたはたと涙がこぼれる。
ようやく会えると思っていたのに、ウルリッヒはもういない。
どうして、どうして、どうして・・・。
ただ、「どうして」という言葉だけが頭の中をぐるぐると回っていく。
ただウルリッヒに会う事だけを考えてここまでやってきたりリーには、もう何も考えられなかった。
リリーは顔を覆って嗚咽を漏らす。
エンデルクはその様子に戸惑いを覚える。
今までもウルリッヒに密かに思いを寄せていたという女たちが同じように何人も来たが、それとは明らかに違うような気がする。
エンデルクはしばし迷うように視線を彷徨わせたが、思い切ったように口を開いた。
「もしかして・・・そなたの名はリリーというのではないか?」
エンデルクの戸惑うような問いかけに、リリーは顔をあげた。
「どうして・・・私の名前を・・・?」
エンデルクには名前を聞いたが、自分の名は教えていないはずだ。
「やはり・・・。あまり自分の事は語られない方だったが、一度だけそなたの名を聞いた事があるのだ。・・・ならばそなたにだけは本当のことを話そう。あの方は・・・生きている」
リリーの耳元に顔を寄せて小さく囁かれたその言葉に、リリーは目を見開く。
「生きている」
リリーは抑揚のない声で繰り返す。
うれしいはずなのに、先刻自分を絶望の淵に叩き落した言葉とまったく正反対の言葉に、心がうまくついていかない。
エンデルクはその様子に気遣いながらも先を続ける。
「個人的な理由で、自分はここを離れたい。だが聖騎士を束ねる立場で、退役希望を出した所で認められることはまずないだろう。だから明日の戦役で戦死したと見せかけてこの国を出る。ある日あの方は私を呼び出すと、そう言われたのだ。流れ者だった私を取り立てて、副隊長の地位まで押し上げてくださったのは、あの方だった。だからあの日、そう告げられた時は正直ショックだった。私はずっとあの方の下で働くものだと思っていたのだからな。思わずなぜ辞めるのかと詰め寄った。するとあの方は言われたのだ。『ここにはもう守るべきものがないのだ』と。その時のあの方は、とても寂しげで、吹っ切れたような顔をしていた。その顔を見て、私はもう何を言っても無駄だと悟ったのだ。だからそれ以上もう何も言わなかった。その時あの方はぽつりと言われたのだ。『こんな事ならば、あの時リリーについていくべきだったな』と。そして私に後は任せると言って必殺技アインツェルカンプを託し、次の日あの方は戦場に出たまま帰らなかった」
エンデルクは続ける。
「その後、気になって周りの者に聞いてみたのだが、あの方とそなたは思いあっていたのに離れ離れになったとか。・・・だからこれは私の推測でしかないのだが・・・あの方はそなたを探しに旅立たれたのではないだろうか」
節目がちにとつとつと語るエンデルクの話を聞きながら、リリーは信じられない思いでいっぱいだった。
ウルリッヒはリリーを探して旅している。それなら。
リリーはぐいと涙をぬぐう。
「いくのか」
「はい」
「そうか・・・」
エンデルクが微笑む。
リリーはその微笑を見て、晴れやかに笑う。
「最初は怖い人だと思ったけど、そうやって笑うとすごくやさしい。ウルリッヒ様と似てるわ」
そう言うと、踵を返して走り出す。
エンデルクはその後姿が見えなくなるまでずっと見送った。
「やさしい・・・か」
エンデルクは目を伏せる。そんな事を言われたのはいつ以来だろうか。
素直で、真っ直ぐで、曇りがない。
「あの方が心打たれたのもわかるような気がするな」
錬金術師とは皆あのような人間なのだろうか。
ザールブルグの一角に建つアカデミー。
今までは自分とは関わりのないものだと、まったく興味がなかったのだが、どのような物か少し知ってみるのもいいかもしれないと、そうエンデルクは思った。