ひ と り の 夜 に









リモコンのスイッチを押す度に、画面の内容がくるくると変わっていく。
お笑い、ニュース、クイズ、ドラマ。
画面の向こうは何だか楽しそうなのに、見ていてもちっとも楽しい気持ちにならなくて、一通りチャンネルを変えた所で、皐月はテレビの電源を切った。
途端にしんと静まり返るリビングに、ため息が落ちる。
両親は例によって1週間ほど前から仕事に出かけていて、この広い家に皐月は一人きり。家事などに追われているうちはまだいいが、こうして何もする事がないと、一人の寂しさをひしひしと感じてしまう。
「もう寝ちゃおうかな」
テーブルに突っ伏して、静かに目を閉じる。
すると思い浮かんだのは、真夏の太陽の様な、その笑顔。
勇人くん、何してるかな。
テレビでも見ているのだろうか。それとももう寝ちゃってる?
勉強してる…なんて事はないよね。
皐月の失礼な発言に頭の中で猛抗議する勇人に、皐月はくすくすと笑みを漏らした。
勇人の声を、笑顔を思い出すと、ふわりと心が暖かくなる。
だが、今度は無性に勇人に会いたくなって、余計に寂しくなった。
思わず緩みそうになる涙腺に、皐月は慌てて身を起し、ふるふるとかぶりを振った。
どうも暇を持て余していると、気持ちが後ろ向きになっていけない。
「やっぱり寝ちゃおう」
朝になってしまえば、あれこれとやる事もあるし、学校へ行けば勇人とも会える。
気合いを入れるように勢い良く立ち上がった所で、不意に電話が鳴った。
時計を見れば午後10時を少し回った所。電話をかけてくるには少し遅い時間だ。
「お母さんかな?……はい、守永ですけど」
「あ、俺、山瀬だけど…」
予想を裏切って飛び込んできた声に、とくんと鼓動が跳る。
「勇人くん…どうかしたの」
「ん…いや、別に用はないんだけど、さ。……おまえの声、聞きたいなーと思って」
少し照れたような声で言われて、胸の奥が苦しくなる。
うれしさと切なさで胸が詰まってしまって、何も言えないでいると。
「皐月?…あ、もしかして寝てたか?」
勇人の問いに、皐月は大慌てでぶんぶんとかぶりを振った。
寝ていたなんて思われたら、やさしい勇人の事だ。すぐに電話を切りかねない。
「ううん、寝てない!寝てないよ」
「そっか、ならいいんだけど」
「…うん」
「どうかしたのか?何か元気ないみたいだけど」
「うん、今ね、勇人くんの事考えてたから……声聞いたら、なんか会いたいなって」
「………」
落ちた沈黙に、はっと我に返る。
「って、何言ってるんだろ。明日すぐ会えるのにね」
誤魔化す様に笑うが、返って来たのは低く押し殺した、真剣な声。
「…待ってろ、すぐ行くから」
「えっ、すぐって、あの勇人くん!?」
慌てて声をかけるが、受話器から聞こえるのはツーツーという無機質な音だけで、皐月は呆然と受話器を戻した。
確かに勇人の家から皐月の家まではそんなに遠くないが、こんな時間に本当に来てくれるのだろうか。
そう思った途端、皐月は居ても立ってもいられなくなり、手近にあった上着を羽織ると、玄関へと向かった。


玄関の鍵を外し扉を開けると、丁度勇人が前の通りから玄関へと続く短い石畳へと入って来た所だった。
「勇人くん…ほんとに来てくれたの」
「あぁ……ちょっとコンビニまで行ってくる…って出てきたから、すぐ帰らないといけないけどな」
全力で走って来たのだろう。勇人は肩を上下させながら、にっこりと笑う。
「ごめんね、私があんな事言ったから」
「なに謝ってんだよ。俺も会いたいから来たに決まってるだろ」
「でも…」
なんだか申し訳なくて俯く皐月を、勇人はそっと抱きしめた。
「ほんとはさ、俺もすげー会いたいなーって思ってたんだ。でもこんな時間に押し掛けたら迷惑だし、電話で我慢しようと思ってたのに…」
おまえにあんな事言われたら、我慢できなくなったと笑って、勇人は皐月の背に回した腕に力を込める。
好きで好きでたまらないという様にやわらかく、でもしっかりと抱きしめてくれる腕が心地良くて、皐月も勇人の背に手を回した。
「勇人くん…だいすき」
「ん、俺も」


そしてしばらく互いの温もりを確かめ合って、二人はゆっくりと腕の力を緩めた。
本当はずっとこうしていたいけど、そういう訳にはいかないから。
「じゃ、俺帰るよ」
「うん、また明日ね。来てくれてうれしかった」
元気良く笑ったつもりだったけど、うまくいかなかったみたいで。
勇人は少し困った様に笑うと、静かに身を屈めた。
不意にゼロになる距離。
「じゃあ、おやすみな」
言って、勇人は後ろを振り返る事無く、商店街へと続く道を駆けていく。
その後ろ姿が見えなくなるまで見送って、皐月はそっと口元を覆った。
唇に残る熱い感触。
「おやすみのキス…かな」
言葉にすると急に恥ずかしくなって、火照る頬を両手で押さえる。
心もほっこりと暖かくなって、さっきまでの寂しさが綺麗さっぱり無くなっている。
「よく眠れそう」
勇人の笑顔を思い描き、へへと微笑む。
だが途端に先ほどの出来事を思い出して、ボンと首まで赤くなった。
いや、むしろ眠れないかも。
「とりあえず、冷たい物でも飲んで頭冷やしてこよう」
呟いて、皐月は幸せな気分でキッチンへと向かった。







2009/12/14