き ま ぐ れ









しとしとと雨が降る。





その様を退屈そうに眺めていた妖ノ宮は、長い長いため息を漏らした。
遺児として夢路に囚われ、訪れる人もほとんどないこの部屋での退屈な籠の鳥生活も何か月目だろうか。
唯一の楽しみだった庭での散歩も、ここ数日降り続く雨でままならず、妖ノ宮はいい加減限界を感じていた。
憂さを晴らすように畳の上に仰向けに転がる。
昼間から横になるなど少々はしたないかとも思うが、どうせ誰も来ないのだから見咎められる事もないだろう。
辺りに雨音以外の音はなく、見上げた暗く淀んだ天井は、まるで夜の始まりの様で。
いっそこのまま眠ってしまえば、気も紛れるだろうかと、妖ノ宮は瞼を閉じる。


木の葉の擦れるような、雨の音が心地いい。



「何やってるんだ、お前」
突然降ってきた声に、妖ノ宮はパチリと目を開いた。
知らぬ間にうとうとしていたらしい。
いつの間に現れたのか、不機嫌そうに自分を見下ろす夢路に、妖ノ宮は気だるげに身を起こした。
「こっちは妖退治で走り回ってるってのに、昼間からごろごろしてるなんて、いい御身分じゃないか」
「だって、ずっと雨ばかりだから散歩もできないし、退屈なんだもの」
「雨?そうだっけ」
夢路は初めて気付いたという様に窓の外に目を向ける。
どうやら彼には今日が晴れだろうが雨だろうが関係ないらしい。
そのままじっと窓の外を眺める夢路につられる様に、ぼんやりと外を眺める。
相変わらず雨は飽く事無く降り続いている。
単調な雨音に再び瞼が重くなり、吸い込まれるように一瞬意識が遠くなる。


不意に手首を掴まれた。


何?と問う間もなく、ぐいと手をひかれて立ち上がらせられる。
引き摺る様にして妖ノ宮を縁側まで連れて来た夢路は、そのまま躊躇うこともなく庭に下りる。
当然手を引かれたままの妖ノ宮も道連れで、庭に足を下ろした瞬間、足元でぴちゃりと水が跳ねた。
傘を差すどころか草履を履く間もなく、じんわりと雨水の染みた足袋が気持ち悪い。
何とも情けない心持ちで夢路を見れば、妖ノ宮とは対照的な楽しげな顔。
「あはははは、なんて顔してるんだ。別に雨が降ってたって散歩ぐらいできるだろ?」
機嫌良さげに笑うと、そのまま手を引いて赤月本部の庭を漫ろ歩き始める。
妖ノ宮は余りの事態に抵抗する気力すらなく、なすがまま。
「どうした?お前が退屈だっていうから、散歩に付き合ってやってるんだ。もっと楽しそうな顔したらどうだ」
笑みを浮かべる夢路から視線を逸らして、妖ノ宮はそっと溜息を漏らした。
水気を含んだ髪はずしりと重く、濡れた着物が足もとに纏わりついて気持ち悪い。綺麗な緋色の打掛の裾も、泥に塗れて見る影もないだろう。
こんな状況で夢路以外に楽しそうな顔をできる人間がいるとしたら、お目にかかりたいものだ。
濡れて重みを増す着物と同じ様に、妖ノ宮の気持ちも沈んでいく。




だが全身びっしょり濡れてしまうと、いろいろと吹っ切れるのだろうか。
足下で水が跳ねる感触も、だんだんと楽しくなってくる。
夢路に手をひかれながら、わざと水たまりを踏む様に歩いていると、前方に枝葉に水滴を湛え、重そうに枝を垂れる柳が目に付いた。
獲物を見つけた猫の様に、ついと目を細める。
通りかかりざま、その枝をぐいと引っ張って      手を放す。
するとその振動で枝や葉についた水滴が、一気に二人の上に降り注ぐ。


加害者と被害者と。同じ被害を受けても心情は正反対で。


「テメェ、やりやがったな」
してやったりと笑う妖ノ宮に、夢路がギロリと視線を向ける。
もちろんやられたままで済ませられる性格な訳がなく、当然の様に報復を受け。
そのまま子供の様に戯れ、どれぐらい経っただろうか。
不意に夢路が動きを止める。
「夢路?」
そのまますたすたと屋敷の方へと歩き出す夢路に、妖ノ宮が首を傾げると、先程までとは一転、不機嫌そうに振り返る。
「僕はお前と違って暇じゃないんだ。いつまでもガキの遊びに付き合っていられるか」
吐き捨てるように言って、夢路は濡れて張り付く髪を煩わしげに掻きあげると、手近な部屋の縁側へ上がり、そのまま中へと消えていく。


       は?


思わず口を開きかけて、結局それをそろそろと吐息として吐き出す。
言いたい事は多々あるが、夢路の奇行も気まぐれもいつもの事で、言うだけ無駄というもの。
仕方なく妖ノ宮も夢路の後を追う様に邸へと足を向けた。
そこには夢路のものだろう。縁側から部屋を横切る様に、小さな水たまりに沈む泥だらけの足跡が続いている。


ちょっと、あんた、何やってんだい!そこら中水浸しじゃないか。いいから、さっさとそれ脱ぎな!!


屋敷の奥から聞こえる凪の怒声に、妖ノ宮は自らの姿を顧みる。
このまま屋敷の中に戻ると、自分も夢路と同罪だろうか。
とりあえず誰かを捕まえて、体を拭く布と着替えを持ってきてもらわなければなるまい。
さて、この姿を見て、赤月の面々はどんな顔をするだろうか。
妖ノ宮はくすりと笑みを漏らす。
いつの間にか雨空の様に暗く沈んでいた心は、さわやかに晴れていた




2009/11/13








さっきまで夢中で遊んでたのは何だったのかっていうぐらい、突如パタリと興味をなくして他に行ってしまう子供ならではの行動。
夢路はおこちゃまなので、そんな感じかなぁと。