み ち る






「お前、ずいぶん甘えただよな。赤月にいた頃は僕に逆らってばかりいたのにさ」


夢路の手がやさしい仕草で髪を梳く。
彼の肩にもたれかかり、その心地よさに目を細めていた妖ノ宮は、それはお互い様だと思うのだけれど、と思いながら、くすりと微笑んだ。


「こういうのは嫌い?」


「いや、悪くはない…かな」




赤月にいた頃は、いつも何かに餓えていた。
足りない何かを求め、それが何か分からない事に苛立ち、満たされない事に苛立ち、破壊を繰り返す     まるで憂さ晴らしの様に。
だがそれが嘘の様に、今、夢路の内側は満たされ、穏やかに凪いでいる。
身を焦がす焦燥感を生んでいたのが、異質な力を蓄えた緋燧石を身の内に抱えていた所為かはわからない。だが、今こうして満たされているのは、緋燧石が無くなった為ではなく、傍らにある存在。
このぬくもりが、夢路の中の空虚を満たしてくれる。
ずっと求め得られなかった物を与えてくれるのが、こんなちっぽけな少女だとは。




……世の中わかんないよな




「何がわからないの?」


呟きは知らず唇から洩れていたようで、大きな瞳が夢路を見つめている。
それに何でもねえよ、と答えて、何もかも見透かしてしまいそうな瞳から逃れるように、夢路は妖ノ宮の体を抱き寄せた。
その頭に頬をよせ、そっと微笑を浮かべて。




お前はどこにも行くなよ




心の中で呟いた。






2008/11/12





夢路は糖分の加減が難しい…。