め か く し





文机に向かっていた伽藍は、ふわりと風が運んできた香りに、わずかに視線を緩めた。
それは彼女が好んで纏う香の香り。
筆を動かす手は止めずに耳をそばだてれば、こっそりと近づいてくる足音。
気付かない振りをしていると、ゆっくりゆっくり近づいて、伽藍の背後で足を止めた。


      さて、何をしようとしているのか。


笑いを堪えて静かに待っていると、温かな手の感触と共に視界が暗くなる。


「だーれだ?」


楽しげに問いかける声。
声色を変えた所ですでに正体はわかっているのだが、伽藍は気付かぬ振りで首を捻る。


「さて、遊びに来ている子供たちの誰かか?」


「ばずれ」


「桂…ではないな」


「うん」


では…と少しだけ間を置いて、


「妖ノ宮であろう?」


と答えれば、ころころと楽しげに笑って、目を覆っていたぬくもりが離れる。
そのままちょこんと膝の上に納まった妖ノ宮の頭を撫でながら、伽藍は笑みを漏らした。


「裳着も済ませたというのに、ヌシはいつまでも女童の様だな」


「もう女童などではないわ」


言って、妖ノ宮は伽藍を上目使いに見つめると、むぅと唇を尖らせる。
そんな所が童の様だというのだと笑うと、本格的に機嫌を損ねたのか、妖ノ宮は伽藍を見つめる眼差しを強めた。少し伸びあがって、小さな手が両頬を挟む。
そのまま毛でも引っ張られるのかと一瞬怯めば、予想外にやんわりと顔を引き寄せられ。


そして     


鼻面の先。
しっとりと湿った鼻の下。
つまりは口の辺りに。


ちゅ、とそのやわらかな唇が触れる。


驚きの余り目を見開いて固まっている伽藍に、妖ノ宮は「ね?」と微笑むと、緋色の着物を翻し、来た時と同じ様に気まぐれに駆け去っていく。
その姿を呆然と見送って、ようやく思考の動きだした伽藍は、口元を押さえるとムウと唸った。


翻る着物とほころびかけた花の様な笑顔は鮮やかすぎて、
穏やかに凪いだ水面にさざ波を立てた。




2008/10/08







久々創作なのでリハビリ中。
伽藍が「ふーんだ、わかったもん」という姫様を「いつもあんな感じ」と言っていたので、
今回はそんな感じにしてみました。