ほ む ら
長く続いた四天相克は結局元紀の勝利となり、鳩羽は反逆の罪で薄暗い牢の中、静かに処刑の時を待っていた。
親書が届かなかったとはいえ、神流河の命を無視した形となったのだ。仕方あるまい。
兵達は皆、神流河へと受け入れられた。最早思い残すことは何もない。
そう思った瞬間、脳裏に浮かんだ面影に、鳩羽の口元に知らず笑みが浮かぶ。
「無事、落ち延びただろうか」
沢渡に任せたのだから、まず間違いはないだろう。
「一緒に逃げましょう」
そう言って、手を差し出した妖ノ宮の姿を思い起こす。
本当はあの時彼女の手を取れなかったことを、少し悔いているのだろうか。
もう二度と会う事もないだろうし、その方が良いと思っている。
なのに、もう一度会いたいと、声を聞きたいと願っている自分に、今更の様に大切なものに気がつき、鳩羽は苦笑を洩らした。
すべてを無くし、しがらみからも解放されて、最後に残ったもの。
心の奥底で密やかに育ち、自分自身でも気付かなかった気持ち。
妖ノ宮をとても、愛しいと想う。
今頃気付いても何がとうなるものでもないが、幽冥への道逝きに大切に抱えて行くのに不足はないだろう。
鳩羽は心の中に灯る想いを大切に包み込むように、そっと瞳を閉じた。
だが、瞑目は不意に訪れた喧騒によって破られた。
怒声と響く剣戟の音が、尋常な事態ではない事態を窺わせる。
何事かと格子に身を寄せ様子を探っていると、パタパタと軽い足音が足早に近づいてくる。そして目の前でひらりと翻る、射干玉の黒髪と緋色の牡丹。
薄暗い中、仄かに光を帯びたような金茶の瞳が、鳩羽を捉える。
「妖ノ宮……なぜここに。逃げたのではなかったのか」
「まさか。あなたが兵達を捨てては行けないというから、待っていたのよ」
さらりと言って、妖ノ宮はいささか不慣れな手つきで鍵を外すと、牢の中に踏み込んでくる。それだけで薄暗い牢の中が明るくなった様に感じるから不思議だと思う。
「もう兵達の事は心配いらないのでしょう。だったら、私と一緒に逃げて…」
そこで妖ノ宮は小首を傾げると、いいえ、違うわと呟いて、艶やかに微笑む。
手にしていた刀を鳩羽の目の前に差し出すと、凛とした声が牢内に響く。
「私と共に生きなさい」
そう言って鳩羽を見つめる瞳は強い意志に輝き、艶やかに微笑む様はまるで焔を纏ったようで、彼女はやはり覇乱王の娘なのだと思う。
覇乱王が全てを焼き尽くす業火の焔なら、妖ノ宮は人々を引き付け魅了する艶やかな焔。彼女の焔はおき火の様に燻っていた鳩羽の心に、再び焔を巻き起こす。
「そうだな…。何も元紀の思い通りになってやる事はない」
愛用の刀を受け取ると、その手をそっと捉える。
「これからはあなたと共に…あなたの為に生きていこう」
想いの丈を込めて妖ノ宮を見つめれば、強い意志に輝いていた瞳は揺らめいて、鳩羽に向けられた眼差しも微笑みも、甘く溶ける。
その甘い雰囲気に誘われる様に、二人の姿は引き合って 。
「姫様、まだですか〜」
呑気な声が響き、我に返った二人は、慌てていつの間にか必要以上に近づき過ぎた身を引き離す。
「さあ、行きましょう。みんな待っているわ」
「皆?」
妖ノ宮に導かれるまま牢の外に出ると、見張りを縛り上げていた男達がわらわらと駆け寄ってくる。それは皆、見知った顔で。
「鳩羽様!」
「沢渡!水海に咲も。お前達までどうして…」
「咲が従うのは鳩羽様だけです」
にこにこと微笑む咲と水海の横で、沢渡が静かに頷く。
「…私は果報者だな」
鳩羽は一人一人の顔を見渡して、噛みしめる様に微笑む。
「鳩羽様、再会を祝したいのは山々ですが、増援が来る前にここを離れた方が良いかと」
「…いや、少し遅い様だ」
耳を澄ませば、多数の乱れた足音がだんだんと近づいてくる。
だが、鳩羽は怯むことなく、すらりと刀を抜き放つと不敵に微笑んだ。
「敵を蹴散らして退路を作る。皆、いいな!」
「応!!」
「妖ノ宮、あなたはどこか安全な所に…」
言いかけて、鳩羽は妖ノ宮の手を引くと、その体を抱き寄せる。
「いや、やはりあなたはいつでも私の傍に。あなたの身はこの私が守ろう」
2008/11/05
鳩羽EDではいきなり愛染に「ラヴしかありません」と連呼されて洗脳される鳩羽に、思わず「そんなに簡単に納得するなよ」と裏手突っ込みを入れたのですが、敗北EDを見たらどの選択も愛とはいかないけど、好感度の高さを窺わせて大興奮。
なんかこっちの方が正規ルートっぽいよねと、ひっそりと温めていたネタなので、書き上げられて満足です。
ちなみにこの後は数奇若EDみたいに皆で隠遁生活かとも思ったんですが、数奇若と違って戦以外能のない鳩羽に生活能力はなさそうなので、きっと古閑あたりに拾ってもらって神流河を滅ぼし、姫様と二人で神流河の自治を任されるんだと思われます。
ちと遠回りしつつも最終的に鳩羽勝利。
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