
おはようございます
/おやすみなさい
「おはようございます」
ヴェルナーは目を覚ますとベットの上で身で起こした。
窓の外を眺めれば、時刻はまだようやく朝日が地平線の向こうから顔を覗かせたばかりだ。
基本的には朝は苦手なヴェルナーだが、今日はなぜだかこんなに早くから目が覚めてしまったらしい。
まだ少しぼんやりとしている頭を覚醒させながら脇に視線を流せば、そこには動物のように体を丸めて眠る、愛しい少女の姿がある。
その穏やかな寝顔に、ヴェルナーの顔にも自然と笑みが浮かぶ。
手を伸ばしてそっと頭を撫でてやる。
するとリリーはほにゃっと幸せそうに笑って、ヴェルナーに体を摺り寄せてくる。
その様子を目にしたヴェルナーは、思わず明後日の方を向いて口元を抑えた。
「本当にかなわねぇよな・・・おまえには」
そう呟くヴェルナーの頬はわずかに赤い。
「この俺が飽きるどころか、どんどん夢中になっちまう」
いつもは知れば知るほど想いは減っていくばかりなのに、リリーの場合は一緒にいればいるほど、想いはは加速していくばかりで、およそ果てがない。
お前はどうなんだろうなぁと呟いて、ヴェルナーはリリーの顔に掛かった髪を払ってやる。
ヴェルナーを「好き」だというリリー。
でもリリーの「好き」とヴェルナーの「愛してる」の間には、きっとストイデルの滝よりも深い落差がある。
古今東西、恋愛はより深く相手に惚れてしまった方の負けである。
傍から見ればヴェルナーがリリーをからかい振り回しているようでも、実際振り回されているのはヴェルナーのほうだ。
今までと違う方程式。いつもはのめり込むのは相手のほうだった。
「この俺が、な・・・」
ヴェルナーはそれがなんとなくおもしろくなくて、えいっとばかりにリリーの鼻を摘む。
最初はすやすやと寝ていたリリーだが、そだんだん苦しくなってきたのか、眉根を寄せ顔が真っ赤になってくる。
さすがにそろそろ限界かとヴェルナーが鼻を摘んでいた手を離すと、リリーはしばらくゼーゼーと荒い息を繰り返し、またそのまま安らかな寝息を立て始める。
その様子を眺めていたヴェルナーは、たまらず体をくの字に折って笑い転げる。もちろんリリーを起こさないよう、なるべく声を殺して。
「こんなおもしろい物、他人に渡す義理はねぇな」
目尻に涙を溜めながら、ようやく笑いを収めたヴェルナーは呟く。
「まったく。こんな風に夢中にさせるのは、俺だけにしとけよ?」
やわらかい頬に指先を這わせる。
するとリリーはその手を両手で握り締め、胸元に引き寄せる。
「ヴェルナぁ」
眉間に皺を寄せ、リリーはむにゃむにゃと何かを呟いている。
ヴェルナーと喧嘩をしている夢でも見ているのだろうか。
ヴェルナーは身を屈めると、その耳元で何か囁く。
するとリリーが幸せそうに微笑む。
ヴェルナーはそれを至近距離で確認して満足げに微笑むと、頬に軽いキスを落とす。
そして再びその脇に身を横たえると、リリーの体を抱きしめ目を閉じた。
そう、まだ起きるには早い時間だ。
もう少しだけ愛しい人と夢を見よう。
好きと愛してるの距離だとか、勝ちとか負けとか、そんな事はこれからどうにでもしていけばいい。
気に入った物は必ず手に入れる主義なのだから、その辺にかかる手間は惜しまない。
だからもう少しだけ一緒に夢を見よう。
幸せな夢を。
「おやすみなさい」
2001/10/17
|