探究心と抑止力


「お前、なんだその顔色は」
いつものように工房の扉を開けて、最初にヴェルナーの口をついて出たのは、挨拶でもなくそれだった。
それぐらいリリーの顔色は悪かったのだ。
しかしリリーはいつもと同じように、
「あぁ、ヴェルナー。今日はどうしたの?」
と笑顔で応じる。その間も調合の手は止めない。
(あいつ、依頼が立て込んでるからって、また無理してやがるな)
周りが見てもわかるほどなのに、本人はその自覚がないからタチが悪い。
ヴェルナーの眉間に、知らず知らずのうちに皺がよる。
「お前、また無茶してるだろう。ちゃんと寝てるのか」
「ちゃんと仮眠は取ってるわよ。」
「仮眠ってどうせ2〜3時間だろう。そんな事してるとぶっ倒れるぞ」
゜大丈夫、大丈夫。体だけは丈夫なんだから」
と言って、リリーは床に置かれた箱の前にしゃがむと、その中からいくつか材料を取り出して抱える。
そして立ち上がった瞬間、
「あっ・・・」
突然目の前が真っ白になって、へなへなとその場にしゃがみこんだ。
抱えていた材料が、ばらばらと床に転がる。
「あれ?」
いうことを利かない体に呆然としているリリーに、慌ててヴェルナーが駆け寄る。
「ったく。だから言わんこっちゃねぇ」
「きゃっ、ちょっ、ヴェルナー!」
ヴェルナーは抗議の声を無視してリリーを抱えあげると、そのまま足早に階段を上がっていく。
「部屋はどこだ?」
「えっ?」
「部屋はどこだって聞いてるだろう!」
ヴェルナーの剣幕に気圧されて、リリーは階段を上がってすぐの部屋を指し示す。
ヴェルナーは扉の前まで大股で歩み寄ると、扉を蹴り開ける。
「や、ちょっと扉が壊れるじゃない!」
ここ借り物なんだから、と騒いでいるリリーに相変わらず無視を決め込んで、ヴェルナーは掛け布団をめくり上げると、少々乱暴にリリーをベッドの上に降ろす。
そして再び掛け布団をリリーの首元まできっちり引き上げると、抜け出せないようにリリーの体の両脇に手をついた。
「もう今日は休め」
有無を言わせぬ口調で言うヴェルナーに、リリーは何とか抗議を試みる。
「でも、まだ依頼が・・・」
「そんな状態で調合したって、どうせ失敗しちまうだろうが。いいから休め!」
体の両脇に手をつかれているので、当然ヴェルナーの顔がかなり接近している上に、すごい形相で見つめられてリリーは不承不承にうなずく。
ヴェルナーは盛大なため息をついてようやく手をどけると、手近な椅子を引き寄せてドッカと座り込む。
それを不思議そうにを見上げているリリーの視線に気付いて、ヴェルナーが口の端を上げる。
「お前のことだ。俺が帰ったあと、またベッドを抜け出そうとか考えてるんだろう。残念だが俺はお前が眠るまで帰らねぇからな」
ヴェルナーはそう言ってそっぽを向く。
リリーはその様子にくすりと笑いを漏らす。
「何笑ってやがるんだ?」
不信そうにこちらを見るヴェルナーに、リリーは黙って首を振る。
多少乱暴ではあるが、ヴェルナーが自分を心配してくれているらしい。
でも私のこと心配してくれてるのよね?なんて言ったら、ひねくれ者の彼はムキになって否定するだろうから、リリーは代わりに別の言葉を口にする。
「ねぇ、ヴェルナー、眠るまで少し話し相手してくれる?」
それからしばらくの間、ぽつぽつと二人はたわいもない話をして。
リリーはいつしか深い眠りに落ちていた。



「・・・だろう。リリー」
問い掛けるが、いつまでたってもリリーの返事はない。
ヴェルナーが不審に思って顔を覗き込むと、リリーはすやすやと気持ちよさそうな寝息を立てている。
(今までしゃべってたのに、もう眠っちまったのか?)
「リリー?」
控えめに呼びかけてみるが、聞こえるのは規則正しい寝息だけ。
よほど疲れがたまっていたのか、もうすっかり熟睡しているらしい。
「ったく」
ヴェルナーは笑って椅子から立ち上がると、うーんと伸びをする。


好きな事の為となると、あきれるほど無鉄砲で。
自分の体調のことすら構わないのだから、まったくこっちは気が気でない。
それでも彼女はいつも楽しそうで、キラキラ輝いていて。
辞めさせる事なんてとてもできないから、自分ができるのはせいぜいギリギリでセーブをかけるぐらい。
「まったく。こっちは気苦労が絶えないよな」
人の気も知らずのんきに寝息を立てる少女に、ヴェルナーは笑う。
(それでもこんなめんどくさい女を好きになっちまったんだから、しかたないか)
ヴェルナーはリリーを起こさないように静かにベッドに手をつくと、そっと唇を重ねる。
「おやすみ、リリー」


2001/08/24