
風 花/
Kazahana
「リリー、すまないが少し付き合ってもらえないか」
ウルリッヒがそう言って訪ねてきたのは、東の大地で受けたエルフの毒から回復して、ようやく仕事復帰という前日の事だった。
何の説明をするわけでもなく、ただ黙って歩き出したウルリッヒに、リリーも黙って付いていく。
なんとなく今は聞くべきではないと、そう感じた。
きっと着けば判るのだろう。
程なくしてたどり着いたのは、街外れにある共同墓地だった。
緑の芝が植えられた斜面に、整然と無数の墓標が並んでいる。
ウルリッヒはその中を迷いのない足取りで歩いていくと、ひとつの墓標の前で足を止めた。
「ここは?」
「前に話した、私を庇って亡くなられた隊長の墓だ・・・」
他の物より少し立派な墓標。
今も花が絶える事がないのは、皆からそれだけ慕われていた証拠だろうか。
「ここに来るのは遺体が埋葬された日以来だな」
ウルリッヒは僅かに目を細めた。
「・・・ずっと足を向けることが出来なかった。怖かった・・・。自分の罪を突きつけられるような気がして・・・」
怖かったのだと呟いて、ウルリッヒはきつく目を閉じる。
ウルリッヒ様・・・
リリーはウルリッヒのそんな痛々しい様子に、胸の前で両手をぎゅっと握り閉める。慰めの言葉をかけてやりたかったが、誰よりも自分に厳しい人だ。きっとそんなもので責苦は減りはしないだろう。
苦しむウルリッヒを目の前にして、何も出来ない自分が歯痒かった。
ウルリッヒはしばらくの間、何かをやり過ごすように目を閉じていたが、やがてゆっくりと目を開くと、そろそろと息を吐き出した。
すると不思議と今までの苦渋に満ちた雰囲気が、抜けていく様な気がする。
「しかし気がついたのだ。お前を庇った時、例えこのまま死んだとしても、リリーを恨む気持ちなど全くなかった。・・・当たり前の事だ。大切な者を守れたのだからな。誇りこそすれ、恨む事などあるはずがない。だから、その事でお前がその後の人生を悔やんで生きるような事は、絶対あってほしくなかった・・・」
自分はそんな為にリリーを庇ったのではないのだから。
ただ幸せに生きてほしくて、自分の身を盾にしたのだから。
「そしてようやく気がついた。それは隊長も同じであったのだろうな、と。罪の意識に捕らわれ、生きる屍のような人生を歩む事など、隊長は望んではいない、とな」
遠くを見つめていた視線が、リリーを捉える。
「何年もかかって、ようやくその事に気が着く事が出来た。そして今日、ようやくここに来る事が出来た。隊長はこんな私を・・・怒っているだろうか」
ウルリッヒは少し照れているような、困っているような表情で、僅かに首を傾ける。
リリーは目の端に浮かんだ涙をそっと拭うと、最高の笑顔向ける。
「そんな事ないですよ。きっと喜んでくれてますよ。ちゃんと気がついたんだから」
「ありがとう、リリー」
そう言って笑ったウルリッヒの瞳は、今までのどこかしら憂いを帯びたものではなく、雲ひとつない春の穏やかな空のように輝いていた。
ウルリッヒは墓標の前に膝をつくと、祈りをささげる。
リリーもその横に膝をつくと、胸に手を当てた。
「ありがとうございます。ウルリッヒ様を助けてくださって・・・。あたしと会わせて下さって・・・」
リリーは感謝を込めて呟く。
ウルリッヒはそんなリリーを穏やかな笑みで見つめると、再び目を閉じた。
そして改めて感謝の祈りをささげる。
こうして最愛の者と出会わせてくれた事に。
そして1ヵ月後、長い間空位であった王室騎士隊・隊長の就任式が執り行われる事になる。
それは後々にまで語り継がれるような、立派なものであった。
2002/02/23
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