白薔薇の花嫁



辺り一面に漂う甘い香り。その源は白い花だった。
葉はほとんどなく、花だけが咲き乱れる不思議な木。
木の表面を覆い尽くさんばかりに咲き乱れる白い花。
そんな木がまるで人工的に植えたかのように、そこにだけ群生していた。
リリーは花を見上げながら、その木の下をゆっくりと歩いていく。
木の枝はちょうどリリーの少し頭上辺りまで枝を伸ばしており、その先で白い花がまるで誘っているかのようにゆらゆらと揺れている。
最初はその咲き誇る美しさに目を奪われていたリリーも、その匂いに誘われるように花をひとつだけ手折ってみる。
手の平よりも少し小さな白い花。
ゆっくりと鼻に近づけてみると、より強く甘い香りを感じる。
甘いのにしつこくはないその香り。
「ちょとホッフェンに似てるかも。ううん。ホッフェンより甘い香り」
だったらこの花もあの花のように甘いのだろうか。
百合のように連なった花弁を額から抜き取ってその根元を口に含めば、口の中にとろけるような甘味が広がる。
「あまーい!うん、これならホッフェンよりも質のいいスウィートエキスができるかも」
リリーは上着を脱ぐと、それを籠代わりに白い花を集めていく。
花を摘むのは幾つになっても楽しくて、状態のいい花を求めてあちらこちらと移動する足取りは自然と軽くなる。
そうしてかなりの花が集まった頃、近くで下草を踏みしめる音がした。
音のした方に目を向けると、咲き誇る花の下に見慣れた蒼い鎧が覗いている。
リリーがようやくその木のを潜り抜けられるぐらいだ。長身のウルリッヒの顔は花の陰に隠れてしまっている。
「ウルリッヒ様」
「リリー、ここにいたのか」
ウルリッヒはすぐ手前の木の下を少し身をかがめて潜り抜け、安心したように微笑む。
採取からの帰り、偶然この白い花の咲き誇る森の側を通りかかり、そのまま夢中で駆けていってしまったリリーを、ウルリッヒはずっと探していたのだ。
「お前は気になる物を見つけるとすぐに駆けていってしまうから、探すのに苦労する」
リリーはまるで小さな子供の様な言い様に不満を覚えないではなかったが、それを口にしなかったのは、その言葉とは裏腹に見つめる瞳が、愛しさに満ちていたから。
その瞳に見惚れて、視線が絡んで、周りが見えなくなっていく。
と、不意にウルリッヒの視線が上に逸れた。
リリーの頭上にウルリッヒの手が伸ばされる。
なんだろうと上目遣いに見ていると、どこに触れるでもなく再びリリーの視界の中に戻ってきたウルリッヒの指の間に挟まっているのは白い花。
どうやら木の下を彷徨っている間に、何時の間にか散った花がリリーの頭に乗ってしまったらしい。
ずっとそのまま歩いていたのかと恥ずかしさに頬を染めるリリを他所に、ウルリッヒはその花を口元まで引き寄せて、その花弁にそっと口付ける。
「良い、香りだ」
ウルリッヒは花に落としていた視線を上げてやわらかく微笑むと、手を伸ばしてリリーの耳元に白い花を差し入れた。
「お前には白が良く似合う」
ふわりと優しい風が吹き抜けた。
「ぜひ白いドレスを着てほしいものだな・・・私の為に」
耳元で白い花飾りが風に揺れる。
「え・・・ウルリッヒ様、それって・・・」
ウルリッヒは答える代わりにリリーの抱えた白い花をひとつ手に取った。
その花をリリーの髪に差し込んでいく。
額のラインに沿うように前髪の上に順番に。
ひとつ、またひとつと。
そしてそれが反対側の耳元までたどり着くと、ウルリッヒはマントを外し、リリーの頭の上にふわりとかける。
白い花のカチューシャと純白のヴェール。
腕にはたくさんの白い花のブーケ。
ウルリッヒはリリーの手を取ると、そこに恭しく口付ける。
「私の伴侶になって欲しい」
リリーはウルリッヒの顔を見つめたまま大きく琥珀色の目を見開いて。
そして弾けるように笑った。
「はい」
ウルリッヒはリリーの手を引くと、しっかりと抱きしめる。
「この腕の中に閉じ込めてしまいたくなるな。どこにも行かないように」
たちこめる甘い香りと、耳をくすぐる甘い声。
リリーは甘えるようにウルリッヒの胸に頬を寄せる。
その顔に浮かぶのはとろけるような甘い笑み。
「どこにも行きません、よ?ずっと・・・いっしょです」
「約束だ」
「約束です」



ふわりと風が吹いて、二人の上に白い花が降り注ぐ。
祝福の花吹雪の中、二人はそっと誓いを交わした。



2001/11/13