
ひみつ
「あぁ。もう!信じられない」
リリーは町外れへと向かう道を必死で走る。
「もう賢者の石だって作れるっていうのに!」
なんと竹と干し草を調合して、産業廃棄物なんぞを作ってしまったのである。
「そういう時に限って」
そう、期日が今日までだったりする。
「よりにもよってこんな日に、何で〜!」
今日はお昼から採取に行こうと、ウルリッヒ様と街外れの大きな木の所で、待ち合わせをしていたりしたのだ。
虹妖精さんに非常招集をかけて、超特急で再調合したが、当然約束の時刻はかなり過ぎていて。
「ウルリッヒ様、怒ってたらどうしよ〜!!」
怒らない人のほうが少ないんじゃなかろうか、という状況の中、リリーは待ち合わせ場所まで全力で走っていく。
ようやく街外れが見渡せる場所までたどり着いたリリーは、約束の大きな木下に目的の人物を見つけて、とりあえず胸をなでおろす。怒って帰ってしまうという最悪のパターンだけは間逃れたらしい。
「ウルリッヒさまー!」
リリーはとりあえず少しでも早く自分が来たことを知らせようと、走りながらぶんぶんと手を振る。
しかしウルリッヒはまったく反応しない。
聞こえているのなら、こちらを向くなり、何か反応があってもよさそうなものだが・・・。
(もしかして反応もしたくないほど、怒っちゃってるとか・・・)
リリーの背中に冷や汗が流れる。
「ウルリッヒ様、あのっ」
全力疾走でウルリッヒの側まで来たリリーは、言いかけて途中でやめた。
ゆっくりとウルリッヒの前に回りこむと、木の根元に座り込んだウルリッヒの顔を覗き込む。
そして、思わずがっくりとうなだれてしまう。
「うそ・・・・・・寝てる・・・」
大きな木の下に片膝を立てて座り込んだウルリッヒは、その幹にもたれかかって眠り込んでいた。どうりでで反応がないわけである。
怒っているウルリッヒにどうやって謝ろうかとか、許してもらえなかったときの最悪の結末など、いろいろな想像をめぐらせていたリリーは一気に肩の力が抜けるのを感じる。
「まぁ、いいんだけど・・・ね・・・」
盛大なため息をついたリリーは、眠っているウルリッヒの前に座り込んだ。
そしてそのまましばらく待ってみるが、ウルリッヒは一向に起きる気配がない。
かなり長いこと眠っているのかもしれない。
ウルリッヒの頭には大樹が落とした木の葉がついている。
「きっと疲れてたのね」
聖騎士隊の副隊長ともなれば仕事はかなりきつい筈なのに、暇をみてはこうしてリリーに付き合ってくれるのだ。疲れていて当然かもしれない。
リリーは気持ちよさそうに眠るウルリッヒを見つめる。
初めて見るウルリッヒの寝顔。
いつもの威厳に満ちた顔とは違ったその無防備な寝顔に、リリーは笑みをもらす。
「かわいい・・・なんて言ったら怒られちゃうわよね」
ふふっと笑いを漏らしながら、ウルリッヒの髪についた木の葉をそっと払う。
そよそよと吹きぬける風が、木の葉を舞い上げ、金色の髪をもてあそぶ。
もう少し寝かせておいてあげたい気もしたが、こんなところで寝ていては風邪をひいてしまうかもしれない。
「ウルリッヒ様」
リリーはそっと呼びかける。
「ウルリッヒ様」
今度は軽く体をゆすってみる。
それでもウルリッヒの起きる気配はなくて。
リリーはいたずらを思いついた。
そっと地面に手をついて。
前屈みになって。
「ウルリッヒ様・・・起きて・・・ください・・・」
ウルリッヒの唇に自分のそれを重ねる。
ほんの少し触れるだけのキス。
掠めるように触れて、すぐに離した。
まだ眠リ続けるウルリッヒを見つめる。
リリーはまだ感触の残るそこに、そっと指で触れた。
今頃になって自分がかなり大胆な行動をしたことを実感する。
思わず顔を真っ赤にして一人でジタバタしていると、ウルリッヒがわずかに身じろぎをした。
「・・・ん・・・」
眉根を寄せて、ゆっくりと目を開ける。
「リリー?」
呟いて、焦点の合わない瞳が宙を彷徨い、状況を整理するように、二・三度まばたきをする。
「そうか。お前を待っているうちに・・・眠ってしまったのだな」
ウルリッヒはまだ気だるさの残った声ですまない、と言って前髪をかき上げる。
「いいんです。あたしも遅れちゃったし」
その様子に見とれていたリリーは、慌てて真っ赤な顔をふる。
「どうした?顔が赤いようだが」
「い、いえ。なんでもないんです!」
ウルリッヒはまだ少し不思議そうな顔をしていたが、リリーは誤魔化すように勢いよく立ち上がる。
そのことは言えない。
その気持ちは今はまだ言えない。
でも。
「ウルリッヒ様、今度また工房に来てくださいね」
今度会う時には言えるかもしれないから。
「ロイヤルクラウンっていうお茶を用意して待ってますから」
リリーはとびっきりの笑顔でそう言った。
2001/08/30
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