攻防戦/
副隊長様と神父様


のんびりとした空気の漂う、昼下がりの教会。
そこにリリーとクルトの姿があった。
金の麦亭で新しい依頼をいくつか受け、そのついでにとクルトから依頼されていた品を届にきたリリーは、そのままクルトと話し込んでいたのだ。
クルトはくるくると表情を変えるリリーの顔を目を細めて眺め、相槌を打つ。
静かな教会にリリーの明るい笑い声が満ちる。
その時、時刻を告げる鐘が鳴り響いた。
会話は自然と途切れ、二人は鐘の音に耳を澄ます。
ひとつ。ふたつ。
そして三つ目の鐘が余韻を残して消えるころ、クルトが口を開いた。
「もうこんな時間ですね。あぁ、もしよろしければ、お茶でも一緒にいかがですか?」
いつものやさしげな笑みを浮かべ、そう告げるクルトが、実はもう半時ほどで鐘が鳴るのを知った上で、リリーをお茶に誘うためひたすら話を引き伸ばしていたたなどと、一体誰が思うだろう。温厚で堅実と噂の神父様も、ただの男性であることには代わりはない。
「ご近所の方から頂いた焼き菓子もあるんですよ」
下心など綺麗さっぱりさわやかな笑顔の下に押し隠し、とどめの一言を繰り出す。
「焼き菓子・・・ですか」
少し迷う様子を見せていたリリーも、焼き菓子の一言に目を輝かせる。
リリーも女の子だ。甘いものには目がない。
「それじゃあ、お言葉に」
甘えてと続けようとした時、不意に背後から伸びた腕がリリーの首元に絡みついた。
リリーの体を捕らえるのは、青い篭手をはめた逞しい腕。
「失礼する」
間近で響く聞きなれた声に、身動きが取れないリリーが首だけを廻らせて背後を見上げると、ウルリッヒが視線に気づいてリリーを見る。
「ウルリッヒ様・・・」
ウルリッヒはリリーに微笑みかけると、視線をクルトに向ける。
リリーもつられて視線を向けると、いつもながらのやさしい笑みが、幾分引きつっているように思えるのは気のせいだろうか。
「これはこれは、副隊長殿。何か御用ですか?」
せっかくのいい所を邪魔した上、リリーにべたべたするウルリッヒに、クルトは大仰に話し掛ける。
「いや、神父殿にではなく、リリーに用があってな」
ウルリッヒは「リリー」の部分をことさら艶を含んだ声で発すると、ちらりと教壇の上に置かれた依頼品と思しき品に視線を走らせる。
「そちらの用はもう済んだようだし、失礼してもいいだろうか?」
「いえ。確かに依頼の品は受け取りましたが、今からお茶を御一緒する予定ですので」
すぐにでもリリーを連れて出て行きそうな勢いのウルリッヒに、クルトは勝利者の笑みで告げる。
しかしそんなことで怯むウルリッヒではない。
「別に約束していたわけではあるまい?」
「そちらこそ、お約束されていたわけではないのでしょう?」
そんな予定など知った事かとばかりに告げるウルリッヒに、クルトもすかさず切り返す。
二人の間でバチバチと火花が散る。
一触即発。
まさにそんな雰囲気の中、先に口を開いたのはクルトだった。
「それよりも、その腕をいいかげん放されてはいかがですか」
現れた時からずっとリリーをその腕の中に収めたままのウルリッヒに、クルトはついと片目を細めた。
「別にリリーが嫌がっていないのだから構うまい?」
「そういう問題ではありません」
冷たい声で言うクルトの言葉など聞く耳持たずといった感じで、ウルリッヒは見せ付けるようにリリーの頬に顔を摺り寄せる。
「だからお止めなさいと言っているんです!」
「自分ができないからといって、とやかく言うのはやめてほしいものだな」
ふふんと鼻先で笑うウルリッヒに、クルトは思わずぐっと詰まる。
(それは確かに、非常に羨ましいですが・・・いやいや)
クルトは、慌ててぶんぶんと首を振る。できるとかできないの問題ではなく、別に恋人でもないリリーに、あぁも気軽にべたべたできるウルリッヒが異常なのだ。
「あなたと一緒にしないでください。とにかく」
クルトはウルリッヒに負けじと、リリーの両手をつかむ。
「リリーさんは私とお茶をするんですから、お引取りください」
「リリーは私と過ごすのだ。つまらぬ邪魔だては止めてほしいものだな」
「誰が邪魔ですか!」
不意にクルトの目がギンとリリーを捕らえる。
「さぁ、リリーさん、どうするんです?」
「えっ!あたしですか?」
決めるのはリリーに決まっているのだが、今まですっかり蚊帳の外に置かれていたリリーは、いきなり振られて思わず自分で自分を指し示す。
「そうだ。どうするのだ?」
ウルリッヒまでが、どっちを選ぶのかと強い眼差しをむけてくる。
「リリーさん?」
「リリー?」
二人にじっと見つめられリリーは冷や汗を流す。
「えっと・・・あたしは・・・」
(あーん、どうしよ〜)
思わず頭を抱え込みそうになった時、教会の扉が勢いよく開いた。
「リリー先生、いませんかー?」
「あの声は」
リリーはウルリッヒの体の影からひょいと入り口を覗き見る。
「ヘルミーナ」
「あ、リリー先生。こんなところにいたんですか!」
さすがリリーの弟子。こんな修羅場な状況に遭遇しても、ひとかけらの動揺の色もない。
「どうしたの?」
「大変なんです!工房の前でまたテオさんが空腹で倒れてるんですけど」
「テオが?大変!!」
リリーはクルトの手を難なく外し、するりとウルリッヒの腕を抜け出すと、扉に向けて駆け出す。
二人ともその手並みの鮮やかさにあっけに取られ、一瞬間が開く。
「あ、リリー!」
「リリーさん!」
ほとんど同時に名を呼んだ2人の方を、リリーは走りながらくるりと振り向くと、
「ごめんなさい。また今度」
と言って申し訳なさそうに二人に向かって手を合わせ、そのまま扉から出て行ってしまう。
教会に残されたのはクルトとウルリッヒの二人のみ。
さっきまで闘志満々で戦っていた色男二人は、思いもかけない結末にひっそりと深いため息を漏らした。




「リリー先生、モテモテですね」
教会を出てしばらくした頃、ヘルミーナがリリーにふふふと笑いかける。
「もう、ヘルミーナったら」
リリーは大人をからかうもんじゃないわとたしなめるが、ヘルミーナはちっとも堪えた様子がない。それどころか、
「で、どっちが本命なんですか?」
と興味津々といった様子で聞いてくる。
最初は適当にごまかそうとしていたリリーだが、ヘルミーナがそんなことで引き下がりそうにないことを見て取ると、諦めた様にため息を漏らした。
「本命って言われても・・・。ウルリッヒ様はやっぱり頼りがいがあって素敵だし。クルトさんはいつものやさしげな笑顔がいいのよね〜」
「ふーん。まだ決めてないんですね」と言おうとしたヘルミーナだったが、それは続くリリーの言葉に遮られた。
「ヴェルナーは喧嘩ばっかりしてても結構気が合うって言うか。ゲルハルトもさり気ないやさしさがいいのよね。テオはなんか、ほっとけない感じだし」
「え、あの、リリー先生?」
あたしはあの二人のどっちが本命かって聞いただげなんですけど・・・とヘルミーナ呟いたが、リリーはもはや聞いてはいなかった。
胸の前で指を組み合わせて、すっかり違う世界に行ってしまっている。
「アイオロスさんは絵にかける情熱が乙女心をくすぐるの。ベルゼンさんはね、あの陰のある感じがいいのよ。あ、でも究極はブレドルフ王子かも。17歳の年の差ぐらい問題ないわよね」
王子と結婚したら王立アカデミー建て放題〜vと浮かれるリリーに、ヘルミーナは王子と結婚って、実現するにしても何年後の話だと思ってるんだと言いたかったが、どうせ聞いていないだろうからやめておく。
長い間リリーと生活を共にしてきたヘルミーナは、もうこんなことにはすっかり慣れっこだった。


リリー、17歳。ザールブルグにこの人在りといわれた優秀な錬金術士の彼女も、じつはただの恋多き乙女だった。
彼女に思いを寄せる男性陣がこのぶっ飛んだ一面を見て、気持ちが変わらないかどうかは甚だしく疑問である。


2001/12/04