
Destructive girl
うちの店で扱う代物は少し変わっている。
普通の人間から見ればただのガラクタだが、その手の目利きならいくら金を積んでもほしがる物が中心だ。
見る目のない一般人は1階のヨーゼフの旦那の所へ行くから、ここにやってくるのは好事家連中と話は決まっていた。
そこに数年前から変わった女が来るようになった。
錬金術を広めるために海の向こうやってきたという少女は、ちょくちょくやって来ては調合材料に使うのだと言っていろいろな物を買い、たわいもない話をして帰っていく。
少々気の強い少女とは最初の頃よく口論になっていたが、最近ではそれが少し楽しくもあり、少女が訪れるのを待ちわびている自分がいる。少しめんどくさいが、まぁ、悪くない感じだ。
そして最近、さらにその上を行く変な女がこの店にやってくるようになった。
「ねぇ、ヴェルナー。これどうやって使うの?あ、これ変わってるー!」
店の中を落ち着きなく動き回りながら、少女は品物を見て歓声を上げる。
あの年頃の少女が好みそうなかわいい品とは無縁なこの店の、一体どこが気に入ったのだか、少女は毎日のようにやって来ては店の中をうろついている。そしていちいち話し掛けてくるので五月蝿くて仕方がない。
俺はいつものように眉間に皺を寄せて少女を見た。
「あのなぁ、エルザ。用がないならさっさと帰れ」
さも嫌そうに言ってやるが、エルザはまったく堪えた様子がない。それどころか
「いいじゃない。どうせお客なんか来ないんだし。」
あはは、ごめんなさい。ほんとの事言って、なんて口元に手を当てて笑いやがるから、首をしめてやろうかと思う。
まぁ、ガキ相手に本気で怒るほど子供でもないので、許しておいてやったが。(あくまで本人主観です)
こいつに構うと無駄なストレスがたまるだけだと踏んだ俺は、無視をして読書にふけることにする。
「あ、あの像おもしろーい」
もう何を言っても無視を決め込むつもりだったが、『像』という言葉に引っかかって俺は顔をあげた。
するとエルザは、ちょうど手が届くか届かないかという高さの棚に乗った石像を取ろうと、爪先立ちで手を伸ばしてる。
俺は一瞬にして血の気がひくのを感じる。
「わ、やめろ!その像は」
高いんだぞ、と言い終わる前に石像にエルザの指が触れ、バランスを崩した石像は重力に従って自由落下を初める。
壊れる、と思って思わず目を逸らした俺は、いつまで立っても物の壊れる不快な音がしないので、恐る恐る目線を戻してみる。
すると粉々になるはずの石像を、エルザが床に激突する寸前のところで受け止めていた。
「はー、もう。危ない危ない」
のんきに言うエルザに、俺はづかづかと歩み寄ると、石像を取り上げ、眉を吊り上げてエルザを睨む。
「いいか。もう金輪際っ、棚の品物には触るな!わかったか!」
ほとんど胸倉を掴み上げるような勢いでいうと、石像を棚の上に戻し、カウンターにそっぽを向いて荒々しく座る。
店内にシーンと静寂が満ちる。
さっきまでの喧騒とうって変わったこの静けさに、俺は落ち着かないものを感じる。
一言も発しないエルザに、すこし言い過ぎたかと横目で様子をうかがう。
するとエルザはパタパタと歩み寄ってきて、カウンターの前の椅子に座ると
「あのさぁ、ヴェルナー」
と言ってニコニコ話し出す。
なんだかすさまじい脱力感を覚えてしまうのはなぜだろう。
こいつには落ち込むとか、反省するとか、遠慮するとかいう感情はないのだろうか。
もう考えるだけ無駄な気がして、思考をめぐらすのを止めにする。
「なんだ」
投げやりに返事をして、机の上にあった冷めた茶に口をつけた。
「前から聞きたかったんだけど、リリーとはどうなってるの?」
いきなりの必殺技的発言に、俺は危うく茶を噴出しそうになる。
今までの展開から、どこをどう飛ぶと、いきなりそんな話題になるんだ?
あぁ、考えてもむなしいだけだった。エルザの思考回路を理解するなんて一生かかっても無理だろう。
余計なことを言うとまた面倒なことになりそうなので、とりあえずぶっきらぼうにかわしておく。
「お前には関係ないだろう」
「なーんだ、まだ気持ちも伝えてないんだ」
何も言っていないのにエルザは勝手に決め付けると、つまらなそうに背もたれにもたれる。
確かに言ってることは間違っていなかったりするのだが・・・。
「まぁ、無理もないかぁ。美形の聖騎士さんとか、武器屋のお兄さんとか、年下純情少年とか、ライバル多いもんね〜。しかも当のリリーはあれだけ露骨に迫られても、まったく気付いてないし。鈍感もあそこまで来ると、ある種犯罪よね」
エルザは机をバンバンと叩いて笑っている。
お前の性格も犯罪物だと思うが、というセリフは飲み込んで、手の中のカップを弄びながらあいまいに返事をする。
するとエルザが突然カウンター越しに乗り出してくる。
「ねぇ、私にしといたら?」
「何が」
意味がわからず、目線は手のひらで弄んでいるカップに向けたまま、適当に聞き返す。
「だ・か・ら!リリーはやめて私にしといたら?鈍感じゃないし、ライバルはいないし完璧じゃない!」
俺は危うく椅子がずり落ちかける。
エルザはといえば、まるで世紀の大発明でもしたかのように、指を組んで満面の笑みを浮かべている。
だから、なんでそうやたらと思考がまったく無関係なほうに飛ぶんだ、こいつは!?
体勢を立て直しながら、引きつる口元を制御する。
「あのなぁ、こういうことはあっちがダメならこっちっていう・・・」
問題じゃない、と言いかけたところで、突然目の前に影が落ちる。口元にはやわらかい感触。
!?
エルザはあまりの出来事に固まっている俺から顔を離してにっこり笑うと、
「じゃ、考えといてね!」
と言って、いつものように階段を翔け下りていく。階下でパタンとドアの閉まる音がする。
ようやく金縛りから開放された俺は、口元を抑えて椅子の背もたれにもたれかかる。
「だからなんであいつは人の話を聞かないんだ。大体考えといてねって、あれはその前にすることか。まったくあいつは・・・」
いろいろと言いたくていえなかったことをつらつらと口にしていると、ちょうど今一番会いたくない人物が姿を表す。
「こんにちは、ヴェルナー」
リリーはいつものように笑顔で言う。
「今日は何の用だ?」
たいした俺もいつものように言うが、なんとなく顔を合わせずらくて思わず目をそらしてしまう。
あれはどっちかというと俺が被害者だし、別にリリーと付き合ってるわけでもないから浮気にはならないのだが、なんとなくやましい気がして仕方がない。
もやもやした気持ちを抱えながら、リリーが必要としている品をカウンターに並べ代金を受け取ると、
「じゃあ、またきてくれよな」
と目もあわせずそっけなく言い放つ。いつもならリリーが帰るのが名残惜しいはずなのに、今日は一刻も早く帰ってほしかった。
リリーもそのことに気がついたのか、しばらくの間物問いたげな視線を送っていたが、気付かないふりをしていると、仕方なさそうに帰っていく。
パタンと階下で扉が閉じる音がした瞬間、俺はとんでもない疲労感を感じてカウンターに突っ伏した。
リリーの去り際の寂しそうな顔がよぎって、少し胸が痛んだ。完全な八つ当たりだ。
それというのもすべてエルザが原因だということを思い出して、またもや取りとめなく文句を並べ立てていると、不意にエルザの唇の感触がよみがえる。
やわらかい感触と、なんともいえないいい香りがした。
そしてそしてその瞬間驚きはしたが、その事について嫌な気持ちはしなかったのだ。
心の中がぐちゃぐちゃで、消化不良な感じ。
「あー!ったく!」
勢いよく体を起こすと、髪の毛をかきむしる。
「今日はもう閉店だ!」
ドタバタと階段を下りると扉の前のプレートを「Closed」に変えて、俺は店を後にした。
2001/08/31
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