||| 愛しさと切なさと |||



教会へと続くアプローチを掃除しながら、気がつけば道路の方へと視線を向けている。そんな自分に気付いて、ナターシャは苦笑した。
一体誰を待っているのだろう。
思わず頭に浮かんだその姿を、軽く頭を振って打ち消すと、余計なことを考えないよう意識して、ナターシャは再び箒で落ち葉を集め始める。

そうして無心に掃除を続け、どれぐらい経った頃だろう。
春先の日々青みを増していく下草の上に、長い影が落ちた。
弾かれたように顔を上げれば、ずっと頭から離れなかった人がそこにいて。
「・・・ゼト様」
切なさと喜びが混じった笑顔を浮かべるナターシャに、ゼトの心がざわめく。
「今日はどうしてこちらへ?」
「この先の屋敷に所用があったものですから。・・・それで、もしよろしければこれを」
差し出された手に握られた小さな花束に、ナターシャは目を細める。
「まぁ。・・・でも、私が頂いてよろしいのですか?」
少し心配そうに小首を傾げるナターシャに、ゼトは笑顔で頷いた。
「ええ。訪ねた先の奥方に頂いたのですが、男の私が花を持って歩いているのも滑稽ですので。・・・もしご迷惑でなければ」
「迷惑だなんて、そんな・・・。うれしいです・・・とても」
ナターシャはゼトの手からそれを受け取ると、香りを楽しむように顔に近づけて小さく微笑む。
その姿に湧き上がる衝動を打ち消そうとするように、ゼトはナターシャに背を向けた。
「・・・それでは、私はこれで」
「あ、ゼト様」
歩み去ろうとするゼトを咄嗟に呼び止めてしまってから、ナターシャは困惑したように瞳を揺らした。
別に用があったわけではないのだ。ただ・・・。
ただ、行って欲しくなかっただけで・・・。
「・・・どうかお気をつけて」
振り返ってこちらを見つめるゼトの視線に耐えかねたように、ナターシャは僅かに瞼を伏せて小さく呟く。
ゼトはそれに微笑で答えると、今度は振り返ることなく去っていく。
その後ろ姿が見えなくなるまで見送って、ナターシャは空を見上げた。
その空は何処までも澄み渡り、とても青かった。

その頃、帰路に着いたゼトもまた同じ空を見上げていた。
その空は何処までも澄み渡り、切ないほど青かった。





2007/09/16
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