||| 交わらぬ想い |||
もう日付も変わろうかという時刻、ようやく仕事を終えたゼトは執務室を後にした。
正面ではなく裏口から外に出て、いつものように中庭を通り、途中で足を止めて、いつものように高みを見上げる。
帰り際、こうしてあの窓を見上げるのが日課になってしまっている。
遥か高みにある窓辺を見上げても、その影すら見ることは叶わない事はわかっているというのに、我ながら未練がましい事だと思う。
それでも、どうしてもやめる事が出来ないのだ。
秘めた想いを開放し、心の在るままに彼女を見つめる事が出来るのは、ただこの時だけだから。
「次に会う時はルネスの騎士として」と宣言したというのに、どうしてもその想いを断ち切ることが出来なかった。
王宮に戻ってから、エイリークは王族として内務に勤め、ゼトは騎士団長として外務に勤める昨今、前とは違い、めっきり顔をあわせることも少なくなっている。
それでもたまにエイリークと見えた時、美しいドレスを纏い微笑む彼女は、やはりルネスの王女なのだと思う。
旅装束を纏い、この腕の中で僅かに震えていた彼女は、一時の幻でしかないのだと。
たとえ手を伸ばせば掴めそうな距離にいても、彼女と自分の間には地面とあの窓ほどの距離がある。
そう、思い知らされる。
だがそれでも想いは留まる事はなかった。
むしろ会うたびに、その想いの大きさを思い知らされるのだ。
不毛でしかないと知りながら。
だが叶わないとわかっていても、心密かに想う事位は許されるだろう。
こうして窓辺を見つめる事も・・・。
ただの自己満足でしかないとわかっていても、彼はこれからもこうして毎夜窓辺を見上げ続ける。
しばらくしてようやくゼトがそこを後にするのを見送ると、カーテンの陰に張り付くようにしてその姿を見ていたエイリークは切ないため息を漏らした。
最初は偶然だった。
中庭で高みを見上げるゼトの姿を見つけて、最初は月でも見ているのかと思った。
でもその眼差しの熱さに、期待してはいけないと思うのに、もしかしたらという気持ちが押さえられず、どうしても確かめずにはいられなかった。
次の日、期待と不安を胸にカーテンの陰に潜むように待っていると、やはりその日もゼトはそこで足を止めたのだ。
やはり彼はこの窓辺を見つめている!
そう知った時の感情を、何と表現すればよいのだろう。
喜びと切なさと愛しさと絶望と・・・。
いろいろな感情がせめぎあって、心が張り裂けそうだった。
もっと熱く見つめてほしいという思いと、もうそんな瞳で見上げるのは止めてほしいという思いが、心の中でせめぎあう。
それでもこうして毎夜、彼を待つのを止められないのだ。
叶う事はないとわかっていても、その気持ちを止められないのと同じように・・・。
きっと自分が気がついていると知ったら、もう二度と彼がこの窓辺を見上げる事はないだろう。
だからエイリークは今夜もカーテンの陰から、そっと彼を見つめ返す。
気持ちも視線も同じだというのに、その立場ゆえ、二つは決して交わる事がない。
2005/01/25
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