||| ヘヴンリーブルー |||
どうやらこの戦いにも決着がついたらしい。
散り散りに退却していくデイン兵の後姿を見送って、オスカーは空を見上げた。
そこには深く澄んだ蒼―――ヘヴンリーブルーの空が広がっている。
するとその蒼を切り裂くように、一頭の純白の天馬が舞い降りてくる。
馬を下り、少し離れた場所にふわりと着地した天馬の傍に歩み寄ると、馬上の麗人はオスカーに涼やかな視線を向ける。
「オスカー、無事のようだな」
「タニス殿もご無事な様で、何よりです」
オスカーが言うと、タニスは小さく頷く。
「ああ、君のおかげだ。私はどうも戦いに熱中しすぎると、無茶な戦い方をしてしまう嫌いがあるのだが、そこを君が適切にフォローしてくれるので、とても助かっている」
そう言って微笑むタニスに、オスカーは控えめな笑みを返した。
「少しでもお役に立っているなら幸いです」
「少し所か、もう君以外とは組みたくない気すらするな」
手放しの誉め言葉に、オスカーは気恥ずかしそうに項の辺りを撫で付けた。
あまり誉められすぎるのも、なんとなく居心地が悪いものだ。
オスカーは話題を変えるように口を開いた。
「ところでタニス殿。少しお手を貸していただけますか」
「ああ、別に構わないが。何をすればいい?」
何でも言ってくれとばかりのタニスに、オスカーは笑みを漏らす。
「いえ、そうではなく・・・。先ほどの戦いで、右手を負傷されていたように思いましたので」
オスカーがそう言うと、タニスはすっかり忘れていたというように、自らの右手の傷を見る。戦っていれば大なり小なり傷を負うのは当たり前で、特に支障のないような傷など、すっかり気に止めなくなってしまっている。
「よく見ていたな。だが、別にたいした傷ではない」
なんでもないとばかりに傷を見せるタニスに、オスカーは僅かに眉を潜めた。
「ですが、今は衛生状態があまりいいとはいえません。些細な怪我でも化膿させてしまえば、厄介な事になります。簡単な処置だけで、もしておいた方がいいと思うのですが」
確かに肝心な時に傷のせいで十分に戦えないのは、不本意であるといえる。
「うむ。それもそうだな。それでは頼もうか」
タニスが天馬を降り手を差し出すと、オスカーは携帯していた袋から取り出した消毒用のアルコールで傷口を清め、布を当てた上から手際よく包帯を巻いていく。
「君は本当に器用で気が利くな」
その様子を感心するように見つめるタニスに、オスカーはちらりと視線を向ける。
「いえ、普通だと思いますが。・・・ああ、でも周りに無謀な人間が多いので、自然とそうなってしまったのかもしれません」
内容とは裏腹に楽しそうな笑みを浮かべるオスカーに、タニスは面白そうな視線を向ける。
「ちなみに、私もそこに入っているのか?」
「いえ!とんでもありません!」
慌てて頭を振るオスカーに、タニスは堪えきれず吹き出してしまう。
「すまない、冗談だ」
「タニス殿もお人が悪い」
渋面を作るオスカーに、タニスは重ねて謝罪をするが、それも笑いが収まっていない状態では、たいして説得力がない。
案外笑い上戸なのか、長々と続いたタニスの笑いの発作が収まる頃、ようやく包帯が巻き終わる。
「これで大丈夫だとは思いますが、もし治りが悪いようでしたら、きちんとした治療を受けてください」
「ああ、そうするとしよう」
タニスは頷いて、白い包帯の巻かれた腕を満足げに見つめた。
触れられていた箇所にまだほんのりと、ぬくもりが残っている。
「だが、きっとすぐに治るだろう」
小さく微笑んで、タニスは愛馬へと跨った。
「では私はこれから部下達の様子を見に行かねばならんのでな。これで失礼する。次の戦いの際は、またよろしく頼むぞ、オスカー」
「はい、御期待に添えるようがんばります」
タニスの合図とともに天馬は空を蹴り、遥か高みへと駆け上がっていく。
オスカーはヘヴンリーブルーの空に白く輝く馬影が見えなくなるまで、ずっとその姿を見送っていた。
2005/05/15
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