||| 白い帽子と二人の気持ち |||



エイリークは目の前の大きな樹を見上げて、ため息をついた。
その視線の先で、樹の枝に引っかかった白い帽子が風に揺れている。
あっ、と思った時にはもう遅かった。ふわりと空に舞い上がった帽子は、いたずらな風によって、一瞬のうちに高みの枝へと運ばれてしまう。
もう一度風が吹いて落ちてこないものかとしばらく眺めていたが、お気に入りの帽子はまるで「ここまでおいで」と手を振るように風に揺れるだけで、自ら戻って来る気はなさそうだった。
「諦めるしかないようですね」
長い間、樹の下に立ち尽くしていたエイリークが仕方なく部屋に戻ろうとすると、鍛練を終えたばかりなのか、弓矢を携えたヒーニアスがこちらへやってくる。
「どうした、エイリーク」
「ヒーニアス王子」
力なく微笑むエイリークに、ヒーニアスが問うような視線を向ける。
「実は風に帽子を飛ばされてしまって・・・」
彼女の視線を追ったヒーニアスは、樹の上ではためく白い帽子を見つける。
「気に入っていたのですが、仕方ありませんね」
肩を落とすエイリークの横で、ヒーニアスは思案するように顎に手を添える。
「あれならば何とかなりそうか…。少し離れているといい」
言われるままにエイリークが少し距離を取ると、ヒーニアスは持っていた弓に矢をつがえた。
キリリと弦が引き絞られ、鏃が閃く白を捉える。
緊張の一瞬。
鋭い音と共に放たれた矢は他の枝を折ることもなく、正確に帽子の引っかかった枝先だけを射抜いて、空へと消えていく。
その軌跡を見送って、ふわりと木の葉と共に落ちてきた帽子を受け止めると、ヒーニアスはエイリークの元へとやってくる。
「ありがとうございます、王子」
エイリークの感謝と称賛を称えた笑みに満足げに一つ頷いて、ヒーニアスは冒険好きの帽子を持ち主の元へと返す。
「礼を言われるほどの事ではない。私に射落とせぬものなどないからな」
そう言ってから、ヒーニアスは「いや」と呟いて目を細めた。
「ひとつだけあるな。だが、それも近々射落とす予定だ」
「きっと王子なら大丈夫です。射落とせたら、ぜひ私にも教えてくださいね」
微笑むエイリークに笑みを返して、
「そうだな。その時は教えるとしよう」
ヒーニアスはふわりと風に舞う、エイリークの髪のその一房を捉えると、そっと口付けを落とした。



2009/12/17