||| サクラ サクラ |||




ルネス城の片隅には、とても立派なサクラの並木がある。
毎年満開の花を咲かせるそのサクラは、戦火を逃れ今年もたくさんの花をつけていた。

「フォルデもお花見ですか」
エイリークが声をかけると、先にサクラを眺めていたフォルデがこちらを振り向いた。
「ええ。今がちょうど見頃のようですよ」
そう言って微笑む彼の隣に立つと、エイリークも同じようにサクラを見上げる。
競い合うように咲く桜に、辺りの空気さえもその色に染まっているようだ。
「この下で昼寝をしたら、いい夢が見られそうですね」
フォルデが目を細める。
「ですが、きっとすぐにカイルに見つかってしまいますよ」
「・・・確かに」
残念そうな顔をするフォルデに、エイリークが声を立てて笑う。
その時、不意に春を告げる突風が吹き付けた。
風は咲き誇る花びらを巻き込んで、まるで吹雪のように二人の身体に打ちつける。
フォルデは咄嗟にエイリークを胸元に庇うと、濃密なサクラ色の風が、二人の姿を包み込む。
そのまましばらく耐えていると、風は吹き始めた時と同じように唐突に止んだ。
「大丈夫ですか、エイリーク様」
「ありがとうございます・・・あ」
腕を緩めると、エイリークはフォルデを見上げて笑みをもらす。
「髪に花びらが・・・」
言われて頭を振ると、はらはらと花びらが舞い散る。
しかし頭を振ったぐらいでは、たくさん着いた花びらは全部落ちそうにない。
「少し屈んでもらえますか」
フォルデが言われるままに身を屈めると、エイリークが手を伸ばして花びらを払う。
ふわふわと頭を撫でる手が心地よくて、フォルデは目を閉じる。
「・・・はい、取れました」
離れていく手を心持切なく思って顔を上げると、見上げるエイリークと視線が交わる。
そのままお互いなんとなく視線を外せないでいると、そよ風にはらはらと舞い落ちた花びらが、エイリークの長い髪に戯れる。
先ほどのお返しのようにフォルデがその花びらを払うと、指先に髪が絡んだ。
フォルデはそのまま手を引き寄せて、その髪に口付ける。
エイリークの頬が花の色に染まっていく。
再び視線が合うと、エイリークはゆっくりと瞼を閉じた。
フォルデは花に誘われる蝶の様に、その桜色の唇に口付ける。
それは思っていたよりもとても幸せで、二人は名残惜しげに唇を離した。
「本当はその前に言うべき事があるんでしょうけどね」
珍しく自嘲気味に笑うフォルデに、エイリークは小さく笑う。
「わかっていましたから・・・などと言うと、自惚れていると思いますか?」
そう言って小首を傾げるエイリークに、
「なら、俺も自惚れ屋という事になりますね」
言ってフォルデも笑う。
そして先ほどの名残を惜しむように、もう一度口付けを交わした。
サクラの花びらが祝福するように、二人の頭上にはらはらと舞い落ちた。



2004/12/28