||| あなたの傍にいるだけで |||
鉛筆が白い紙の上を滑っていく。
迷いもなく、するすると。
何度も同じようでいて、そうではない線を描く。
やがて複雑に描かれた線は集まって、
紙の上に目の前の風景を映し出していく。
楽しそうに鉛筆を滑らせる彼と、彼の映し出す世界を眺めるのが楽しくて、エイリークが傍らで静かに見つめていると。
「俺が絵を描いている所なんか見てて楽しいですか?」
フォルデはこちらを見て、少し困ったように笑った。
エイリークは「はい」と頷いてから、何か思いついたのか小首を傾ける。
「あっ、でも傍でじっと見られていては描きにくいですか?」
「それなら少し離れましょうか」と立ち上がろうとしたエイリークを、フォルデは制する。
「いや、そんなことはないんですが、エイリーク様が退屈なのではと思いまして」
いつもさり気なく気を使ってくれるフォルデに、エイリークは笑顔でふるふると首を振った。
「そんなことはありません。絵を描く所を見ているのも・・・傍にいるのも、楽しいです。・・・あなたの傍にいられるだけで、私は楽しいのですから」
今一番楽しいのは、フォルデといる事なのだから、フォルデと一緒ならただ座っているだけでも楽しいと思えるのだ。
にっこりと笑うエイリークに、フォルデも思わず笑みを浮かべる。
「それじゃあ、俺の傍にいませんか。・・・ずっと。」
さらりと紡がれた言葉に、エイリークは長い睫をパチパチと瞬かせる。
「えっ・・・それって・・・」
僅かに頬を染めるエイリークに、フォルデは少し照れた様に笑って頭をかいた。
「一応プロポーズのつもりなんですが・・・」
いかがでしょうかと尋ねるフォルデに、エイリークは幸せそうに笑うと、はいと答えた。
目元から朝露のような涙が零れ落ちる。
フォルデは涙を零すエイリークを、大切なものを扱うようにふわりと抱き寄せた。
「あー、失敗したなぁ」
しばらくしてフォルデが場違いなのんきな声で呟いた。
「え?」
「いえ、大広間の絵ですよ」
「フォルデが描いてくれた、私の・・・ですか?」
「そうです。あれが俺の知っているエイリーク様の最高の笑顔だと思ってたんですが、さっきの笑顔の方がもっと良かったなぁと思いまして。・・・・・・うーん、あれって差し替えきくんですかね?」
心底困ったような様子に、エイリークは思わず吹き出してしまう。
「ふふ。さぁ、それは兄上に聞いてみないと」
「そうですよね」
エイリークを抱きしめたままうんうん唸っていたフォルデだが、急に
「やっぱり今の話はなしにしましょう」
と、妙に納得したように呟いた。
「どうしてですか?」
「エイリーク様の最高の笑顔が見られるのは俺だけの特権と言う事で」
フォルデは見上げるエイリークにそう得意げに告げると、その涙にぬれた頬に唇を落とした。
2004/11/22
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