||| 嵐が姫 |||
馬が歩みを進めるたび、降り積もった落ち葉がサクサクと小気味の良い音を立てる。木々は赤や黄色に葉を染め、それが風が吹くとはらはらと舞い落ちる様が美しい。
エフラムとラーチェルは愛馬に跨り、ルネスの森を散策していた。
森を抜ける小道を、他愛もない話をしながらのんびりと馬を進めていく。
ルネスとロストン。
近いようで遠い両国に住む二人にとっては久しぶりの逢瀬である。
せっかくだから二人きりになろうと散策に出てみたが、互いに馬に乗っている為、微妙に開いた距離にエフラムは物足りなさを感じていた。
「ラーチェル」
「何ですの」
「手をつながないか」
「!」
突然の申し出に、ラーチェルは一瞬恥ずかしそうに頬を染めたが、すぐにそれを隠すように、ついと顎を上げてそっぽを向いた。
「あ、あなたがどうしてもと言うのなら、つないでもよろしいですけど」
ラーチェルは心底仕方なさそうに言ったが、その声は僅かに上ずっている。
素直じゃない。
エフラムは思わず漏れそうになった笑いを噛殺した。
本当に素直じゃないのだ、彼女は。
そして意地っ張りで、負けず嫌いで、気位が高い。
もし笑ったりしたら、きっと今日一日機嫌が直らないだろう。
せっかく久しぶりに会えたというのに、それではおもしろくない。
「じゃあ、どうしても、だ」
「では、しかたありませんわね」
エフラムが精一杯真面目な声で言うと、ラーチェルはそっぽを向いたまま手を差し出した。しかしその手は緊張の為か僅かに震えている。
そっと手を握ると、ラーチェルの手はとても華奢で暖かかった。
手をつないだまま無言で馬を進める。
ただ手をつないでいるだけだというのに、そこから分け合うぬくもりが心地いい。
しばらくは無言でそっぽを向いたままだったラーチェルだが、やがていつものようにしゃべり始める。その様子はいつになく上機嫌で、鼻歌でも歌いだしそうだ。
エフラムは思わず笑みが浮かんでしまうのを押さえられない。
その性格は素直じゃない反面、その態度はとても素直でわかりやすい。
普段の破天荒さと垣間見せる素直さと。
この微妙なバランスがエフラムの心を掴んで離さない。
会うたびにぐいぐいと引き込まれていってしまう。
エフラムは手綱を引いて馬の歩みを止めた。
ラーチェルの聡い愛馬も同じように足を止める。
「エフラム?」
振り向いたラーチェルに、エフラムはいきなり唇を重ねた。
「いっ、いきなり何をするんですの!?」
「何って、キスしたくなったから、しただけだが」
顔を真っ赤にして狼狽するラーチェルに、エフラムはしれっと言う。
「いきなりだなんて失礼ですわっ」
「なら。キスしていいか、ラーチェル?」
「そんなことを聞くなんて、デリカシーがありませんわっ」
一体どっちなんだと言いたくなるが、これがラーチェルなのだから仕方がない。
最初は戸惑ったか、もういいかげん対応は心得ている。
こういう場合は問答するだけ無駄なのだ。
エフラムは有無を言わせずもう一度顔を寄せる。
それを寸前で止めてラーチェルを見ると、おとなしく目を閉じてエフラムの口付けを待っている。
本当に素直じゃない。
エフラムはたまらず吹き出してしまう。
「あなたという人はっ!」
腹を抱えて笑っているエフラムに、ラーチェルは柳眉を逆立てる。
もう一度キスされるのかと緊張して待っていたら、いきなり笑われたのだ。
彼女が怒るのも無理はない。
ラーチェルは馬の腹を蹴ると、猛烈な勢いで走り去ってしまう。
追いかけなければと思うのに、どうしても笑いが収まらない。
エフラムは久しぶりに腹の底から笑った。
ラーチェルといると本当に退屈しない。
会うたびにどんどん好きになる。
自分の心をこんなにも捕らえていると、彼女はわかっているのだろうか。
なんとか笑いを収めたエフラムは、すでに小さくなりつつあるラーチェルの馬影を見やる。
さて、どう機嫌をとったものか。
本当ならもっと困惑する場面なのだろうが、エフラムの心は妙に弾んでいた。
「とりあえずもう一度キスだ」
エフラムはさも楽しそうに馬の腹を蹴った。
<お題6 いやだと言うけれど>
2004/12/16
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