||| 女神は微笑む |||
夜の砂漠を冴えた月が照らし出す。
昼間の焼け付くような暑さとはうって変わって、砂漠の夜は凍えるように寒い。
満月に照らされて辺りは昼間のように明るいというのに、その温もりを感じさせない青白い光は、寒さをより強調するようだ。
マリカは外套の襟を引き寄せると、夜の見回りに出かけた。
共にジャハナに戻って、王宮勤めをするようになって以来、ずっと夜の警備ばかり希望している。
そうすれば顔を見ずに済むから・・・。
同じ傭兵で、仲間で、剣の鍛錬の相手だった。
でも何時の間にか特別な関係になっていた。
ずっと一緒にいて、互いに切磋琢磨していくのだろうと思っていた。
しかしここに戻ってきた途端、彼はとても遠くに行ってしまった。
至高の玉座に――。
その時、心を乱す気持ちを切り離して、心の隅に押し込めた。
気持ちを乱さず、常に冷静であること。
それは幼い頃から仕込まれてきた事だから、たやすい事だ。
――ならばなぜ顔を合わせない様にしているのか。
周りに問うものはなく、また自らも問う事はなかった。
虫の声さえしない夜の城外を、月明りを頼りに周っていく。
砂地の上を足音を立てることもなく歩くマリカの周りには静寂が充ちていた。
そこへ不意に澄んだ金属音が響く。
マリカは咄嗟に腰の刀に手を賭けて身構えた。
が、それが聞き覚えのある音だと気付いて、少し警戒を緩める。
だがマリカにとっては、いっそ賊であったほうが良かったかもしれない。
自らの予想が正しければ、この先にいるのは今一番顔をあわせたくない人物だから。
正直このまま引き返してしまいたかったが、不信な音がする以上確かめないわけにはいかなかった。
そのまま音を頼りに近づいていくと、階段状になった外壁に腰掛けていたのは、やはり彼だった。
もう平気なはずなのに、心の隅がちりりと痛む。
マリカはそれを黙殺して、ことさら平坦な声を出した。
「こんな所で何をしている」
ヨシュアはマリカの姿を認めると、弾いていたコインを掴んだ。
「あぁ、ちょっとした気分転換だ」
「王がこんな所に一人でいるのは無用心。さっさと部屋へ戻れ」
「じゃあ、おまえがここにいればいいだろう」
しばらく距離を置いていたというのに、いつもと変わらない口調で言う。
「私は仕事中。見回りの続きがある」
マリカがそのまま通り過ぎようとすると、ヨシュアがその手を掴んだ。
「なら賭けをしないか。お前が勝ったら部屋に戻る。俺が勝ったら・・・キスをする」
「そんな賭け、受ける意義がない」
「・・・逃げるのか?」
挑発だとわかっている。
そんなものに乗っては戦場では命を落とす。
そのまま無視して、歩み去ってしまえばいい。
そう思うのに、心の隅がカッと熱くなる。
「裏」
手を振り払って反射的に答えると、ヨシュアが不敵な笑みを浮かべる。
「それじゃあ、俺は表だ」
弄んでいた硬貨をピンと弾いた。
くるくると宙を舞うコインが月明りを反射する。
放物線を描いて落ちてきたコインを、ヨシュアが手の甲で受け止めた。
反対の手で上からコインを押さえたまま、ヨシュアはマリカを見上げてニッと笑う。
ゆっくりと手を退けると、その下で女神が微笑んでいた。
「俺の勝ちだ」
言うが早いか、ヨシュアはマリカの腕をぐっと引き寄せた。
不意をつかれて自分の上に雪崩れ込んできたマリカの項に手を差し入れると、噛むように激しく口付ける。
最初は抵抗していたマリカがそれに答えるようになるまで、そう時間はかからなかった。押さえ込んでいたものを吐き出すように、激しく口づける。
そしてようやく唇が離れた頃には二人とも僅かに息を乱していた。
吐き出す生きが白い。
ヨシュアはマリカの冷たい頬に触れる。
「なぁマリカ、俺の后にならないか」
マリカは予想外の言葉に一瞬目を見開いたが、すぐについと視線をそらした。
「私はただの傭兵。ガラじゃない」
「他の王家はどうだか知らないが、ジャハナは傭兵の国だ。身分なんて関係ない。現に俺の母上も昔はソードマスターだったのを父上が見初めたらしいからな。予定より少し時間がかかったが、国は大体押さえた。もう誰にも文句は言わせない。・・・待たせて悪かった」
労わるように今度はやさしくキスをすると、ヨシュアを見つめるマリカの瞳は、まだ戸惑うように揺れている。
「ならもう一度賭けるか?俺が勝ったら后になる。お前が勝ったらキスをする」
「・・・それだと賭けにならない」
ぽつりと呟いたマリカに、ヨシュアは声を立てて笑う。
「そうかもな。じゃあ俺は表だ」
「話を聞いているのか」
ヨシュアはマリカの抗議などお構いなしにコインを弾いた。
澄んだ音を立ててコインが宙を舞う。
そしてそれがヨシュアの手の中に帰る寸前、マリカがそのコインを掴み取った。
今度はヨシュアが抗議しようとしたが、それをマリカが口付けで塞ぐ。
「賭ける必要なんてない・・・」
口付ける寸前囁かれた言葉に、ヨシュアは笑みをもらすと、マリカを抱きしめて口付けを深いものへと変えていく。
ヨシュアの背中に回したマリカの手から、コインが転がり落ちる。
ころころと転がったそれは、やがて勢いをなくしてその場に倒れた。
月明りに照らされて、コインの中で女神が微笑んでいた。
<お題4 噛むような口付け>
2004/12/14
いろいろマイ設定があるのでフォローの後書き。
エフラムルート設定なので、ジャハナに戻るまでマリカはヨシュアが王子だと知りません。ジャハナでそのことを知って、マリカは勝手に線引きをしてます。
まさか傭兵の自分が王子とどうこうなれるはずがないと思ってますから。
ヨシュアもその事に気付きながら、あえてフォローしてません。
王子なんだから、とりあえず国をどうにかする事が最優先で、そんな中確証のない約束をしても、マリカが信じられないだろうし・・・とか色々。
そもそも国を飛び出したような王子ですからね。最初は大臣連中からも侮られてるだろうし、嫁をもらうなら他国の姫と政略結婚とか、自分の娘にしろとか(笑)色々言われてるでしょう。そんな中に約束だけしても、かえって辛い立場になりますから。
だったらさっさと国を掌握して、大臣連中にも自分の実力を見せ付けて有無を言わせないような状況にしてから、ちゃんと迎えたいなーとか思ったようです。
それでこの話。
ここまで話の中に盛り込めればいいんですが、ヘタレモノカキですので(^^;
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