||| 癒しの翼 |||
ルネス王国、国王執務室。
エフラムはその日何度目とも知れないため息をついた。
重厚な造りの執務机に山のように積まれた書類と本。
そこで書類に目を通す自分。
およそ自分には似つかわしくない光景だと思う。
戦いの最中、ルネスを元のような美しく住みよい国にすると誓ったのだから、王としての執務を嫌々やっている訳ではない。
とは言え、本来机に張り付く事を大の苦手とする性格を変えられるものでもない。
なるべく表には出さないようにしているが、精神的疲労が溜まっているのも事実で。
またひとつため息を落として書類にサインをしていると、コンコンと執務室の扉が叩かれた。
エフラムが少し居住まいを正して「入れ」と答えると、扉からひょっこり顔を出したのは、最近特別な存在になりつつある隣国の王女だった。
「こんにちは、エフラム」
「ターナ、来ていたのか」
「ええ。お父さまの使いでさっき着いた所よ」
「わざわざすまないな」
差し出された荷物を受け取って労うと、ターナはにっこりと微笑んだ。
「いいのよ。わたしもエフラム達に会えて嬉しいもの」
取り繕ったのではない率直な言葉に、エフラムもつられて笑顔になる。
それでも「俺も会いたかった」などとは恥ずかしくて言えないので、無難に「そうか」と答える。
するとターナがずいと身を乗り出した。
「な、なんだ?」
「エフラム、なんだか元気がないわね?」
隠しているつもりなのに妙なところで勘の良い彼女に、エフラムは内心苦笑する。
見つめてくる瞳は真っ直ぐすぎて、嘘がつけない。
「ターナは鋭いな・・・。ルネスの為だとはわかっているが、正直毎日机に張り付いてばかりというのは、かなり堪えてな」
そう呟いてため息をつくエフラムは、本人の自覚以上に参っている様に見えて、ターナは何か自分に出来る事はないかと考える。
そして荷物の中にちょうどいい物があるのを思い出した。
本当はエイリークへの土産として持ってきたものだが、心の中で手を合わせる。
「ねぇ、エフラム。お茶にしない?フレリアからとっても美味しい紅茶を持って来たの。根を詰めるより少し休憩したほうが気分転換になるわよ」
ね?と小首を傾げて見つめられると、エフラムはかなわないなと思う。
「そうするか」
「じゃあ、わたし、お茶を入れてくるわね」
エフラムが重い腰をあげると、ターナは軽い足取りで執務室を出て行った。
「はい、どうぞ」
ソファーでくつろいでいるエフラムの前にカップを置くと、ターナは向かい側に腰を下ろした。
それを見届けてから、エフラムは湯気を立てるカップを手に取った。
良い香りのする琥珀色の液体を、一口流し込む。
暖かいものが体の中を流れ落ちていくと、自然と心が安らぐのはなぜだろう。
ターナのほうに目を向けると、おそろいのカップを両手で抱えて、ふうふうと中身を冷ましている。
そういえばターナは猫舌だったかと思いながら、なんとも微笑ましい姿に自然と顔がほころんだ。
ふと彼女が入れてくれた紅茶よりも、その姿の方に癒されている自分に気付く。
「ターナ」
「何?」
ようやく一口目を口にしたターナが上目使いにエフラムを見る。
「こっちに来て座らないか?」
「えっ、・・・うん!」
ターナは跳ねるような足取りでこちらへやってくると、エフラムの隣に収まって、嬉しそうにエフラムを見上げた。
すると少し戸惑ったようなエフラムの表情に出会う。
「いや・・・出来ればもう少し向こうに座ってほしいんだが」
「あ・・・そ、そうよね」
少しショックだったが顔には出さず、ターナはエフラムから少し離れる。
「このくらいでいい?」
「いや、もう少し」
仕方なく一人分ぐらい空けて座ってみるが、エフラムは頷かない。
どんどん離れていくうちに、とうとうソファーの端まで来てしまった。
「ここ・・・?」
ターナはなんだか情けなくて俯いてしまう。
なぜ同じソファーに座っているのに、こんなに離れて座らなければならないんだろう。
これなら向かいに座っていたほうがよっぽど良かったのに。
こんな意地悪をして、エフラムは自分のことが嫌いなのだろうか。
零れ落ちそうになる涙を必死でこらえていると、突然エフラムの顔が目の前に現われる。エフラムがターナの膝を枕にごろんと横になったのだ。
「エ、エフラム!?」
「ターナの入れた紅茶を飲んだら、ターナの膝枕で眠りたくなった。・・・なんだ、泣いてるのか?」
エフラムの大きな手が頬に触れる。
その手がとても暖かくて、せっかく堪えていた涙が溢れ出してしまう。
「っ・・・泣いてなんかっ。もう!エフラムのバカ!バカ!バカ!!」
ターナは照れ隠しと不安にさせた仕返しに、エフラムの頭をぽこぽこと叩く。
「わっ!まて、ターナ!」
「もうっ、エフラムなんて」
―――大好き
<お題2 膝枕>
2004/11/27
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