||| 熱視線 |||
ようやく今回の戦闘も一段落したらしい。
周りに敵の姿がないのを確認すると、ゼトは剣を鞘に収めた。
その瞬間腕に痛みが走って、僅かに顔をしかめる。
戦っている間は失念していたが、見れば先ほど腕に受けた傷はまだ開いたままで、出血を続けていた。濡れた袖が重く張り付く。
ゼトはとりあえず患部を縛って止血すると、馬首を返した。
癒し手は何人もいるというのに、こういう時思わず探してしまうのは彼女の姿だ。
手を煩わせる事は心苦しくもあるのに、視界に彼女の姿を捉えると、つい心が躍ってしまう。本当に我が心ながら度し難い。
ゼトが苦笑をもらしていると、ナターシャが彼に気付いて駆け寄ってきた。
「ゼト様、どこかお怪我を!?」
馬を下りる自分を心配そうに見上げるナターシャに、ゼトは申し訳なさそうに微笑む。
「不覚を取りました。手数をおかけして申し訳ないが、治療をお願いできるだろうか」
「手数だなんて。私にはこれぐらいしか出来ませんから・・・」
言いながらナターシャはテキパキと止血用の布を外した。
その途端、開いた傷口から血が溢れ出す。女性にとっては結構凄惨な光景だと思うのだが、気丈にも彼女は僅かに眉をひそめただけだった。
「すぐに治療いたしますわね」
傷口を検めたナターシャは杖をかざすと、先端についた石に意識を集中する。
すると、ただのガラス玉のようだった石は序々に輝きだし、同時にナターシャの身体もほんのりと明るい光に包まれる。
いつ見てもその姿は昔語りに出てくる聖女のように美しい。
ゼトが感慨深げにナターシャを眺めていると、急にその光が瞬いた。
風に揺れる蝋燭のように、何度か瞬きを繰り返した光は、ついには杖の輝きとともに消えてしまう。それと同時にナターシャが崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。
「ナターシャ殿!?」
慌ててゼトが屈み込むと、ぱちくりと瞬きを繰り返していたナターシャは、少し困ったように微笑んだ。
「すみません。どうやら力を使い果たしてしまったようです。この間の事があって以来気をつけていたのですが、つい夢中になってしまって・・・。申し訳ありませんが、傷の治療は他の方にお願いしていただけますか?」
「私の怪我など、どうでもいい!あなたの方こそ大丈夫なのですか?」
「私はこうして少し休んでいれば、すぐに歩けるようになります。たいした事はありませんので、どうぞお気になさらないでください」
安心させるように微笑むナターシャを、ゼトは無言で抱き上げた。
「ゼ、ゼト様!?お怪我に触ります」
「先ほどの治療で出血は止まりました」
ゼトは真っ直ぐ前を見つめたまま歩みだす。
「ですが・・・。私は大丈夫ですから、どうぞ下ろしてください」
なおも言い募るナターシャに、ゼトは視線を向けた。
その視線の予想外の熱さに、ナターシャの頬が火照る。
「私があなたをこんな所にほって置けると思いますか」
「・・・ゼト様」
ドキドキと跳ね上がる鼓動を押さえるように、ナターシャは胸の前で両手を握り締めた。
「アスレイ、すまないがナターシャ殿を見てやってもらえるか」
ナターシャを抱えアスレイの元を訪れたゼトは、こちらを見つめたままいっこうに返事をしない彼に眉をひそめた。
「アスレイ?」
「あっ、すみません、ゼト将軍」
もう一度名を呼ばれてようやく我に帰ったアスレイは、慌てて返事を返す。
「あなた方二人がまるで式を挙げたばかりの新郎と新婦のようだったので、思わず見惚れてしまいました」
確かにシスターの正装である純白のベールとワンピース姿のナターシャを横抱きにしたゼトは、新郎と新婦に見えなくもない。
にこにこと微笑むアスレイに、ゼトとナターシャは顔を見合わせて赤面する。
「そ、それでは後は頼む」
ナターシャをそっとその場に下ろすと、足早に去っていくゼトの姿を見送りながら、アスレイは首を傾げた。
いつも冷静なゼトがあのように取り乱す所など、初めて見たような気がする。
「私は何か余計な事を言ってしまったのでしょうか」
「さぁ、どうなのでしょう」
心配そうに告げるアスレイに、ナターシャは小首をかしげて幸せそうに笑った。
<お題1 お姫様抱っこ>
2004/12/21
|