||| 前途多難の恋 |||



さて、今日は二人で何をしようかと、上機嫌に身支度を整えていたラーチェルは、窓の外に馬に乗り込むエフラムを見つけて、勢いよく窓を開け放った。
「ちょっとエフラム、どこへ行くんですの?」
「あぁ、ラーチェルか。今、街に大道芸の一座が天幕を張っているというので、見に行ってこようと思ってな」
「わたくしが遊びに来ているというのに、それを放って大道芸ですって!?」
悪びれる様子もなく答えるエフラムに、怒りのあまり言葉の語尾がひっくり返る。
今回、遠く離れたロストンから、どれだけ振りにやって来たと思っているのだろう。
普通恋人同士がようやく会えたなら、寸暇を惜しんで一緒にいたいと思うものではないだろうか。
それなのに、それなのに、大道芸だなんて・・・。
思わず眩暈を感じたラーチェルが額に手の甲を当てていると、何を勘違いしたのかエフラムが首を傾げる。
「一緒に行くか?」
いや、そんな事を言っているのではないのだ。
自分は恋人としての意識の問題を・・・・・・ん?
そこでラーチェルははたと我に帰った。
そもそもは一人で行く事を怒っていたのだ。
だから、自分を誘ってくれるのならば問題はないのだろうか。
一瞬納得しそうになって、ふるふると頭を振る。
いやいやいや。
普通最初から誘うのが恋人同士というもので、やはり今になって誘ってくれたからといって問題が解決するわけでは・・・。
ラーチェルが一人で悶々と考え込んでいると。
「別に行きたくないなら、無理にとは言わないが」
そのまま自分を置いて行ってしまいそうなエフラムに、ラーチェルは眉間を押さえた。そしてこの男相手に色々思い悩むだけ無駄だったと肩を落とす。
「では支度をしてまいりますわ」
疲れた声で言ってラーチェルが窓辺を離れようとすると、エフラムがそれを制する。
「いや、もう時間がない」
そう言って窓辺に馬を寄せると、ラーチェルの脇に手を差し入れた。
「エ、エフラム!?」
戸惑うラーチェルを他所に、そのまま窓枠を越えさせると、自分の前にすとんと下ろす。
「あなたって本当に強引な方ですのね。わたくし、靴も履いていませんのに・・・」
さっきまで履いていた室内履きすら、窓を越えさせられる際に脱げてしまった。
自分に裸足で歩けとでもいうのだろうか。
呆れと困惑の混じったため息を漏らすラーチェルに、エフラムはさもあっさりと。
「俺が抱いて移動すれば済む事だろう」
「恥ずかしくは・・・ありませんわよね。いえ、いいんです。あなたにそんな一般的感情を期待したわたくしが愚かでしたわ」
ラーチェルは僅かに頬を染めて眉をひそめる。
エフラムは恥ずかしくなくても、こっちは恥ずかしいのだと言いたかったが、どうせ無駄・・・どころか余計苛々が募るだけのような気がするので止めておく。
「なんだかよくわからないが、納得したなら行くぞ?」
「ええ、もう好きになさいな。わたくしが愚かなのですから仕方ありませんわ」
そう、こんな男を好きになってしまった自分が悪いのだ。
何処がいいのかさっぱりわからないが、それでも好きなのだから仕方ない。
「ラーチェルはよくわからんな」
首を捻るエフラムに、理解し難いのはそちらの方だとばかり、ラーチェルがきつい眼差しで見上げると、ちょうどこちらを見下ろしたエフラムと視線がぶつかる。
「まぁ、そんな所が好きなんだが」
不意をつくように飾りのない笑顔を向けられて、一瞬頭の中が真っ白になる。
一瞬遅れて、高速運転を開始しした心臓を宥めるように、ラーチェルは自分の胸を押さえ込んだ。
結局いつもこうなのだ。
自分ばかりが振り回されてもう嫌だと思うのに、エフラムのこういう無意識の行動に、うやむやにされて、それどころか、ますます引き込まれてしまう。
唐変木の癖に、なぜこんなツボばかり心得ているのだろう。
「どうした。顔が赤いぞ」
「もうっ、何でもありませんわ!」
不思議そうに至近距離で覗き込んでくるエフラムの顔を、ラーチェルは両手で思いっきり押しのける。
これ以上心拍数が上がったら、とてもではないが身がもたない。
「せっかく人が心配してやってるというのに」
そんな事も知らずに、エフラムは押し返された顎の辺りを擦って、ブツブツと文句を言う。
誰のせいだと言いたかったが、これ以上言っても肉体的にも精神衛生的にも良くないだけのような気がするので、建設的な言葉を口にする。
「時間がないのではありませんの?」
「そうだったな。飛ばすからしっかり掴まっていろよ」
エフラムは手綱を繰って馬首を巡らすと、思い切り馬の腹を蹴った。
乱暴な手綱捌きに、危うくずり落ちそうになったラーチェルの体を、エフラムが片腕でしっかりと抱え込む。
するとエフラムの胸にしっかりと顔を埋める羽目になったばかりか、「ラーチェルは抱き心地がいいな」などと呟くものだから、、ただでさえ高速運転をしていたラーチェルの心臓が更に速度を上げる。
あまりに心拍数が上がりすぎて、眩暈すらしてくる。
ラーチェルは無事大道芸が拝めるのか自信がなくなった。


<お題2 一緒に行く?>

2005/01/28