||| 永遠の時 |||
文字列を追っていた視線が、思い出したように壁際の時計へと向けられる。
時刻は3時10分前。
エイリークは静かに本を閉じると、お茶の支度をするために立ち上がった。
用意したティーカップはいつもの様にニ客。
別に約束をしている訳ではない。
お互いそれなりに多忙な身なので、必ずしもその時間に休憩が取れるわけではなく、かと言って毎日時間を合わせるのも何だか仰々しい。
だからお互い時間がある時にだけ、エイリークはお茶の用意をし、フォルデは彼女の部屋を訪ねる。それが何時の間にか決め事のようになっている。
もし相手が現われなければ、エイリークは彼の事を想ってお茶を飲み、フォルデはその部屋の前で少しの間彼女の事を想って立ち去る。
例え共にいなくても、好きな人の事を想って過ごす時間は、とても満ち足りていると思う。
ゴールデンルールに則ってお茶の支度をするのも、もう手馴れたものだ。
時計に目をやり、もうそろそろ頃合かとティーポットに手を掛けた所で、ちょうどノックの音が響いた。
エイリークは笑みを浮かべると、絶妙のタイミングで現われた客人を出迎えた。
2つのティーカップに夕焼け色の液体を注ぐ。
エイリークは一つを彼の前に差し出すと、向かいに腰を下ろして入れたての紅茶に口をつけた。
思わず口元が綻ぶ。
今日の紅茶はいつもより美味しい気がする。
――彼もそう思っていてくれているだろうか。
小さなティーテーブルを挟んで他愛もない話をする。
本当に些細な会話。
それでもこうして彼と話している時が、何よりも一番楽しい。
ふと会話が途切れる。
でも沈黙は不快ではなく、窓から差し込む日差しと同じように穏やかなものだ。
窓の外に視線を移したエイリークは、輝く緑に目を細める。
暫くして思い出したように視線を戻すと、こちらを穏やかに見つめるフォルデの眼差しと出会った。
そのまま暫く見つめあって、どちらからともなく身を乗り出す。
つかの間一つになった影が二つに戻り、吐息の触れる距離で微笑み合う。
そうして離れてしまったぬくもりを惜しむように、少し冷めてしまった紅茶に口をつけ、再び他愛もない話を始める・・・。
静かな室内にトントンと扉を叩く音が響く。
その音で現実世界に立ち戻ったエイリークは、驚いたように時計を目をやった。
既に3時を少しばかり過ぎている。
何時の間にか暖かな思い出の中に身を投じていたらしい。
彼女にとって、それは今も昔も大切な時間。
それを抱き締めるように口元に浮かぶ笑みを深くしたエイリークだったが、目の前に置かれたティーポットに気付いて、僅かに表情を曇らせた。
適正な蒸らし時間を大幅に過ぎてしまった紅茶は、少し濃くなりすぎただろうか。
一瞬入れ直そうかとも思ったが、思い直したように表情を和ませる。
それもまた話の種になるだろう。
エイリークはくすりと微笑んで、扉の前で彼女の出迎えを待っている、彼の元へと向かった。
思い出になるぐらい前から続いてきた習慣。
そしてそれはこれからも続くのだろう。
<お題10 永遠のとき>
2005/07/11
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